さて、続いてアメリカにおける代表的な北京五輪ボイコット論者ニッキー・ヘイリー元国連大使の主張を見ておこう(2月25日付ウェブ版FOXニュースへの寄稿)。ヘイリーは女性初のホワイトハウス入りを目指す共和党の次期大統領有力候補の一人で、その分、メディアの注目度も高い。
ヘイリーは、トランプ前大統領が「選挙を盗まれた」、本当の勝者は自分だと主張し続けていることには批判的だが、中国への圧力強化など政策面での実績は非常に高く評価しており、緊張をはらみつつもトランプ支持層との関係が大きく壊れたわけではない。
ヘイリーはまず、「もしナチス・ドイツがその後、どういう存在になるか分かっていたら、アメリカは1936年のベルリン・オリンピックに参加しただろうか」と問いかけたうえ、「中国の対外的脅威および国内での暴政に照らせば、アメリカは2022年北京五輪をボイコットせねばならない」と断言する。
ここで注意すべきは、現在の中共は1936年段階のナチスに比べ、遥かに危険かつ暴圧的な存在だという事実である。
1933年に政権を握ったヒトラー率いるナチスは、当初、ユダヤ人に対して嫌がらせを通じた国外追い出し政策を取った。それ自体論外ではあるが、共産党独裁時代のロシア・東欧諸国、現在の中国や北朝鮮のように、「反政府分子」に一切出国を許さず、強制収容所に押し込めて虐待や殺害をほしいままにしたわけではない。まだそこまでは、たとえ望んでもできなかった。
ユダヤ人商店のガラスが粉々に割られ、住居やシナゴーグなどが襲撃、放火されるなど嫌がらせが一気に暴力化した、いわゆる水晶の夜(クリスタル・ナハト)事件は、ベルリン五輪から2年を経た1938年11月9日のことであった。
ナチス政権の下でも五輪開催?
予兆は十分にあったとは言え、特に五輪開催前から期間中、ナチスが反ユダヤ的組織行動を控えたこともあり、「あの時はヒトラーの悪魔性が見抜けなかった」という言い訳にも一定の正当性はある。
また、ナチスはその滅亡の時に至るまで、英米に対抗しうるほどの海軍力は持たなかった。すなわち対外的脅威の質においても、国内の弾圧の質においても、ベルリン五輪当時のドイツは現在の中国より格段に脆弱で曖昧な存在だった。
「ナチス政権の下でもオリンピックは開催され、アメリカを含む多くの国が参加したではないか」という議論はしたがって、北京オリンピックを正当化する論理として甚だ不十分である。
ヘイリーのボイコット論の紹介に戻ろう。 「長きにわたるチベット蹂躙、最近における香港の自由圧殺、民主的台湾に対するほぼ連日の脅迫」、武漢ウイルスを巡る情報隠し、「そして何よりも新疆における暴虐な弾圧」を見れば、「中国が向かう方向は明らかである」とヘイリーは言う。
当然の指摘であり、「これは、アメリカが冬季五輪参加によって栄光に浴させて良い国ではない」という一句に説得的に異論を立て得る人はいないだろう。
選手の名誉より国家の原則
さて、ボイコットと言えば常に問題になるのが、アスリートの立場はどうなるのか、選手が可哀想ではないか、という点である。
「何年ものトレーニングを経たアメリカのアスリートたちから競技の機会を奪うべきではない、と論ずる人々もいるだろう。たしかに、我々の偉大なアスリートのことを思うと激しく胸が痛む。しかし迫害を受けている何百万人という人々、脅威を受けているさらに何百万人という人々の置かれた状況と比較して考える必要がある。競技から得られる個々の、あるいは国家としての栄誉は、アメリカを導く原則の堅持ほどには重要でない」
日本の政治家なら、持って回った言葉を連ね、結論も曖昧に済まそうとするところだが、はっきり言い切るあたり、自由主義圏のリーダー国で大統領を目指す政治家にふさわしい。