今も洗脳は続いている!幻の抑留者洗脳紙「日本新聞」を読み解く|早坂隆

今も洗脳は続いている!幻の抑留者洗脳紙「日本新聞」を読み解く|早坂隆

シベリア抑留者に対して、共産主義思想を浸透させるために配布された「日本新聞」。第一級の史料である同紙の謎多き実態を明らかにすると同時に、その後の日本社会に波及した影響についても考察を加えていく。 日本新聞の「亡霊」は令和の時代になっても決して消えてはいない。


「日本新聞」の編集局は、極東のハバロフスクにあった。編集長はイワン・イワノビッチ・コワレンコという人物である。ウラジオストク近郊に生まれたコワレンコは大学で日本語を学んだが、入隊後はその語学力を買われ、様々な対日工作に従事していた。そんな彼が26歳にして「日本新聞」の編集長を任されたのである。  

編集部には約15名のロシア人スタッフと、約50名の日本人抑留者がいた。抑留者のなかには、元新聞記者も含まれていたという。  日本側の初代編集責任者として選ばれたのは宗像創であった。東京帝国大学工学部卒業の宗像は、ソ連側が称するところの「民主運動」のリーダー格となった。  

発行は週3回。発行部数は約20万部とされる。ページ数は概ね2ページか4ページ。同紙には編集部の他に宣伝部隊があり、彼らは各地の収容所を回って記事の内容をわかりやすく解説する役目を担った。  

10月11日発行の第12号の特集は「ソ連とは?」。「世界一の大国」 「面積は陸地の六分の一」 「莫大な天然資源」といった言葉を使って「ソ連がいかにすばらしい強国か」を伝える内容となっている。以降の号でも、「偉大なるかなソ連!」(第13号)、「飛躍目覚ましコルホーズ農場 農機続々送らる」(同)、「人間による人間の搾取を全廃し 総ての権力は労働者と農民の手に」(第14号)、「生活の絶対的保証」(同)、「議員は国民の公僕 明るいソ連の姿」(第16号)といった見出しの記事が続く。「罪悪感」を植え付けたあとに「理想の描写」をするのは、洗脳における古典的手法の一つである。  

しかし、言うまでもなく、21世紀を生きる私たちは、すでに歴史の解答を十分すぎるほど有している。ソ連がどれだけの国民を犠牲にし、社会を崩壊させたか。その答えを知っている私たちには、いずれも虚しく響くスローガンである。だが、そんな解答を持ち合わせていない当時の抑留者たちのなかには、同紙が綴るスローガンにある種の「希望」を感じた者もたしかにいた。  

そんな抑留者たちの心をさらに赤化していくため、同紙はソ連礼賛記事と同時に、「日本批判」の内容をより強調していく。「日本財閥の仮面を剥ぐ」(第21号)、「戦争に対する責任は軍閥と財閥にあり」(同)、「軍閥の罪や深し」(第22号)といった記事を通じて、「君たちは騙されていた」という観点を繰り返し提示していくのである。「怒り」の感情を巧みに利用するのも、洗脳教育の基本である。  

11月17日発行の第27号には「日本共産党活動方針決定」との見出しのもと、以下のように記されている。

〈日本共産党がソ連より資金を得て暴力革命を図っているとの噂は全然事実無根である。(略)青年の共産主義に関しては速かに広汎な大衆組織になすべきである〉  

同号には「日本社会党結成」という記事も掲載されている。同紙はその後も、両党の動向を積極的に伝えている。これは洗脳の初期段階で示された「理想」を実現するための「具体的手法」を提示するという次の段階である。「日本を理想的な社会にするためには、日本共産党や日本社会党を支持するしかない」と説いているわけである。  

12月13日発行の第38号には、一枚の「風刺画」が掲載されている。瓦礫の山と化した街を背景に、東條英機ら軍人が日本国民に頭を下げているという構図のイラストである。タイトルとして「彼等こそ戦争と惨禍の責任者だ」と冠され、以下のような台詞が続く。

〈国民「この様な姿になったのは誰のためだ」  東條「ハイ軍人が政界に登場─東條─したのがこの不出来─英機─でした。申訳ありません」〉

「笑い」としても低調な「抑留ジョーク」だが、その実態は風刺というよりも洗脳教育そのものである。 シベリアの酷寒は、抑留者たちの心身を疲弊させた。食糧も足りず、強制労働には厳しいノルマが課せられた。病気や栄養失調により亡くなる者が相次いだ。そんな生活のなかでも、日本人は活字に飢えていた。しかし、彼らが手にすることができる紙媒体は「日本新聞」だけであった。発行当初は見向きもされないことも多かった同紙だが、次第に愛読者は増えていった。そしてついには「日本新聞友の会」が結成されるにまで至ったのである。

特集「天皇制問題」

1946年1月1日に昭和天皇のいわゆる「人間宣言」が行われたことを受けて、1月17日発行の第53号では「天皇制問題」と題された特集が組まれている。見出しには「『天皇』の語は不当」とあり、本文は以下のように続けられる。

〈天皇教という宗教ができたについて一つの挿話がある。明治初年、東京大学で国史を講じていたアストンは「明治政府が一つの新しい宗教を創って之を普及し始めた。新宗教とは天皇崇拝の宗教である」と言っている。天皇という言葉も神という意味を含めた日本の造語であって支那にもなければ日本にも古くは余り使われていない〉  

日本の皇室の歴史を「近年に始まった新宗教」と断ずる内容である。戦前に「コミンテルン日本支部」として発足した日本共産党は、「君主制廃止」や「絶対主義的天皇制の打倒」などを掲げてきた党史を持つが、「人間宣言」以降も皇室への批判を弱めることはなかった。  

3月3日発行の第72号のトップ記事は「日本共産党四大決議」を伝える内容である。第5回大会を通じて決議されたというその「第一」には、こう記されている。

〈選挙を前にして天皇の行幸が頻りにある。神奈川、東京、多摩などへの戦災地視察が相次いで行われ、直接人民に呼び掛けている。天皇は依然最高戦争犯罪人であるにも拘わらず、自己の罪を棚に上げ、之を偽装しようとして盛んに人民に呼び掛けている〉  

昭和天皇の巡幸は、同年2月19日の神奈川県を皮切りに始められたが、「日本新聞」はこれにすかさず批判を加えたことになる。結局、この巡幸は日本各地で国民に熱狂的に迎え入れられたが、共産主義者たちは一貫して批判的な姿勢を崩さなかった。  

5月3日からは東京において「極東国際軍事裁判」(東京裁判)が始まったが、同月9日発行の第101号には次のような記事が掲載されている。

〈日本並に全世界の勤労大衆を現在の如き惨憺たる廃墟に導いた帝国主義的強盗戦争の指導者、組織者であり、且つ巨大地主及独占財閥の専制支配のために、未曾有の軍事的日本ファシズムの恐怖政治を施いた張本人、東條英機以下二十八名の所謂第一級戦争犯罪人に関する公判〉

「強盗戦争」 「恐怖政治」といった言葉は、そのままソ連にお返ししたい。

過激さを増す紙面

1946年の後半以降は「天皇批判」の記事がさらに過激さを増してくる。10月10日発行の第167号には「天皇制こそわれらの敵」 「天皇制打倒はわれわれの信念」とある。  

12月28日発行の第200号には、宮本顕治の論文「天皇制批判について」が1ページすべてを使って紹介されている。宮本と言えば、戦前から日本共産党の党員として活動し、戦後は同党の書記長や委員長を歴任した人物であるが、その彼の論文の一部が「200号記念」として転載されているのである。宮本は「天皇制を打倒しなければならないことは明白である」としたうえで、日本における国民と皇室の存在を「奴隷と奴隷所有者」 「被征服民と征服者」になぞらえる。同記事の掲載後、収容所内ではこの論文を題材とした研究会などが催されていった。  

そんな思想教育は、着実に効果をあげた。年が明けた1947年の1月16日発行の第207号には、抑留者から投稿されたという以下のような詩が掲載されている。

〈若きソ連の兵士らが 奏でる楽の旋律よ  語らう笑顔の明るさよ  自由と平和と友愛が滲み出るこの力  正しい戦に勝った 正義の軍隊の姿だ  落日に涙たれつつ 新たなる怒りにもえて  俺は叫ぶ!!  打倒せよ!! 軍閥日本  打倒せよ!! 天皇制日本〉  

さらに、7月3日発行の第279号の投稿欄「われらの詩藻」には、「狂歌」として以下のような一首が掲載されている。

〈天下り人となりたるヒロヒトに 鋤鍬持たせ 赤旗の下〉

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