副報道局長の趙立堅がこのザマなら、報道局長の華春瑩も変わらない。
中国がウイルスのサンプル提出を拒否したことについてポンペオ長官が批判すると、彼女はこう反論している。
「われわれは、いまも責任をなすり付けるゲームに夢中になっている米国の政治屋が一日も早く改心し、急いで精力を米国内の感染抑制に集中し、より多くの米国人の命を救い、米国民の健康と安全をより一層守ることを希望する」
また、別の機会でポンペオ国務長官が「中国ではすべての宗教に対する政府主導の弾圧が引き続き激化している」と非難すると、「中国内政への重大な干渉だ」として「断固とした反対」を示したうえで、黒人男性暴行死事件をきっかけに米国で抗議活動が拡大している問題に触れて、「中国をあれこれ批判する資格があるのか」と反発。
ポンペオ国務長官に対しては他にも、「彼は21世紀のダレスを演じ、新たな十字軍を中国に送ろうとしている」 「彼が世界を傷つけるのを阻止するため、平和を愛する世界のすべての人は踏み出す時が来た」と激しい非難を繰り返した。
「米国の声明(ポンペオ米国務長官の中国の人権に対する批判)はアンデルセン童話の『裸の王様』を思い出させる。『裸』なのに自信満々とは、まったく皮肉な話だ」
「中国は人類発展史上の奇跡を起こしただけでなく、世界の人権事業の発展にも非常に大きく貢献し、世界各国から一致して称賛を得ている。
逆に米国をみると、国内の人種差別など人権問題が広がり、深刻化しているだけでなく、他国の内政にいたるところに手を伸ばして介入し、戦争を起こし、罪のない人々を殺害し、自由と人権の名を借りて世界中でどれだけ悪事を働いているのだろうか」
よほどポンペオ氏の批判が堪えたとみられる。そう発言した自分たちが「裸の王様」であることには気づいていないのだろうか。
「己を知ることは知恵であり、人の優れた点である。米国がこの点を認識するよう希望する」
中国は己を知っているのか?
発言は国内向けアピール
華春瑩報道局長は人権問題について、米国に「中国をあれこれ批判する資格があるのか」と言うが、彼女こそ「一体何の資格で」という発言を過去何度もしている。
たとえば、中国で麻薬を密輸した罪に問われたカナダ人の被告が死刑を言い渡され、これをカナダのトルドー首相が批判したことに対して、「最低限の法治の精神すら欠けている」などと、まさか中国の口から「法治の精神」などと放言。
米下院が可決したウイグル人権法案についても「バカな法案」と呼び、米国議員が中国の人権状況を問題視していることを「本当に無知で恥知らず、不誠実だ」とし、米国史を持ち出し、米国先住民を「ほしいままに殺戮し、数百万平方キロの土地を占拠し、同化政策を強制した」。
さらに「一般の中国人の見方」として、「アフガニスタンやイラクを攪乱してきた米国が、現在は新疆(ウイグル自治区)と香港を攪乱しようとしている」と指摘した。
米国政府の関係者から、中国のウイグル族に対する政策を非難する声が出ると、
「米国側の発言は、『米国が世界の超大国というだけでなく、超つきでを撒き散らしている』という事実を気づかせてくれる」
と激しい口調で非難。「米国がを嘘ついている」というのもお決まりの言葉のようだ。米国が中国ハイテク企業の従業員へのビザ規制を発表した際にも、「中国の人権問題を巡る米国の批判は今世紀最大のウソだ」と放言した。ちなみに、この「中国の情報面の脅威は他の国より一層深刻である」との主張に対しては、
「われわれは盗まない、奪わない、をつかない。われわれは完全に自らの知恵と汗によって今日の誇れる成果を収めた。中国が戦争をしているというなら、それは自らの正当な権益を守る正義の戦争だ」
などと嘘をつく。
最近では、対中ビザの有効期間を大幅に短縮した米国務省の措置に猛反発した中国外務省の華春瑩報道局長が12月4日の定例会見で、「中国共産党を攻撃し、党員を迫害すれば、世界人口の5分の1を占める14億人の中国人を敵に回すことになる」と威嚇している。
なぜ、報道のトップの人間たちがこういう発言をするのか。彼らは中国国内では高い教育を受けたエリートであることは間違いない。とすると、こうした発言を本気で堂々と言っているとも思えない。
おそらくは権威主義的というよりも全体主義的な統治の国のなかで、共産党の上位、指導者層に向かって、「私はこんなに頑張っています」 「共産党体制、中国の国益にしっかり貢献しています」というアピールなのだろう。ある意味で、王毅外相の発言も同じと言える。
破廉恥きわまる中国外務省
本心であれ、党内向けであれ、王毅外相から報道局長、報道官に至るまで、みな厚顔無恥であることは間違いがなかろう。中国外務省に「廉恥」の言葉はないとみた。まさに破廉恥きわまる。
しかし改めて見てみると、米国の議員は中国の暴言に対して果敢に発言し、反論もしている。また中国も米国に対して──それがどんなひどい暴言、内容であったとしても──国として反論をしていることは、ある意味で日本は見習うべきではないか。
今回の日中外相会談で両国は、新型コロナウイルス対策の入国制限措置を緩和させ、ビジネス関係者の往来を再開させることで合意した。
前出の産経「主張」は「甘言に乗って融和を進めては危うい」と警鐘を鳴らしたが、残念ながら融和が進む。まさか、ひれ伏して中国を拝んだわけではないだろうが、日本政府は望んでいた多くを手にした。
だが同時に、大切なものを失った。それは、わが国が武力を行使してでも守るべき価値であり、わが国民がパンではなく、それによって生きるべき・言葉・である。
茂木外相はあのとき、笑顔を浮かべて既読スルーするのではなく、王毅外相に、はっきりと「あなたは間違っている」と指摘すべきだった。