この声明に対し、中国外務省の報道官は当初、「日本の学者たちは真相を知らないかもしれないし、考え過ぎだ」と応じたが、日本の反発は収まらなかった。
「岩谷氏の拘束は、手柄がほしい国家安全当局の判断とみられる。しかし、反響は予想よりはるかに大きく、このままでは習氏の訪日に大きな影響が出ると判断した中国指導部が、岩谷氏の釈放を指示した可能性がある」と分析する中国の政治学者もいる。
岩谷氏の釈放は、日本政府、メディア、学者らが中国に対し強い姿勢を示したことの成果とともに、習近平訪日前という特別な時期とも関係しているといえる。
それでも情報を隠し続ける外務省
しかし、岩谷氏が釈放されたわずか12日後、別の50代の日本人男性が中国湖南省長沙市で、国内法違反で拘束されていたことが報道によって明らかになった。
この男性は介護関係の仕事をしていたといい、拘束された時期は岩谷氏よりも2カ月早く、2019年の7月だった。中国の治安当局は日本人を拘束したあと、日本大使館に伝えなければならない取り決めがある。つまり、この男性の拘束を外務省は認識しており、国民に隠していたことになる。
これまで中国当局によってスパイ容疑で拘束された日本人はその全てがメディア取材によって明らかにされたものであり、外務省が公表した例は一度もない。
戦後、周辺国との武力紛争を極力避けてきた日本が、中国の国家安全に危害を加える工作員を中国に派遣するなど常識的に考えにくい。しかも1人や2人ではなく、わずか数年で10人以上も同じような容疑で拘束されている。明らかに異常な状態といえる。
しかし外務省は邦人保護に関し、ほとんど事実関係を明らかにしない。約1年前に、大手商社の伊藤忠商事に勤務する40代の日本人男性社員が中国広東省の国家安全警察に拘束されたことが判明した時も、外務省はメディアの取材に対し冷淡な対応を貫いた。日本政府は拘束情報を約1年前から把握しておきながら、報道されるまでこの事実を公表しなかった。
その後、菅義偉官房長官が定例記者会見でようやく事実関係を認め、「邦人保護の観点からできる限りの支援をしている」と強調したが、男性の氏名や容疑、拘束された当時の状況など詳細は明らかにしなかった。