学生たちは必ず、「スマホはコミュニケーションの大切なツール。ないと困る」と言います。
しかし、私たち仙台市民は、東日本大震災の直後、約1カ月、電力の供給がなく、ケータイ、スマホを使うことができない時期を経験しています。私は彼らにこう訊くのです。
「あの大震災でスマホが使えなかった時、家族、友人とのコミュニケーションはどうだったんだい?」
彼らはハッと気がついたように、「あの時のほうが、いまよりも遙かに濃密なコミュニケーションが取れていた」と答えます。あの時は、お互いに寄り添いあわないと生きていけない極限の状態だったこともあるでしょうが、スマホがなければないで、もっと質の良いコミュニケーションができるのです。
しかし、電気が通じて再びスマホが使えるようになると、皆そのことを忘れてしまいました。
もう1つの学生の言い分はこうです。
「もの調べ、辞書代わりに使っている。すぐに調べられるから時間の短縮になる」
私は彼らにこう訊きます。
「時間が短縮されるのはいいことだと私も思います。それで、君は余った時間をどう過ごしているの?」
「……スマホです」
スマホを使う時間が、無為に過ごすよりも害があることは先ほど説明しました。こう言うと、スマホで短縮された時間をスマホに費やすことがいかに無駄であるか、彼らは気がついてくれます。
余談ですが、スマホでウィキペディアや電子辞書を使って調べている時の脳を見ると、ほとんど働いていません。
一方、紙の辞書で調べものをする場合は脳が活性化します。辞書を繰る時に、「この文字の画数や偏は……」 「大体、ここらへんに調べたい単語があるはずだ」など予測が必要になり、頭を使うからです。
こういった啓蒙活動が功を奏して、スマホの使用を控える学生が少しずつですが増えています。
私が顧問を務めている兵庫県の小野市では、スマホを使うとどの程度学力が下がるかというデータのグラフを、グラフの読み方の例として授業に取り入れています。小野市のある小学校では、在校生が自主的に、屋上にスマホの使いすぎを警告する幕を掲げるようになりました。
リスクを知ることが大事
私はスマホのリスクを調べるまで、スマホに対してとくに問題意識を持っていませんでした。ただ、電車に乗るとみんながスマホをいじっている様子や、カフェなどで若いカップルが会話もせずにお互いにスマホをいじっている光景を目にして、何か異常だなと思う程度でした。
いまから12、3年前、私の息子たちも大学生、高校生くらいからガラケー、スマホを持ち始めましたが、わが家ではひとつのルールを設けました。「勉強中、寝る前は、ケータイを居間に置いておく」。勉強中、就寝前にダラダラ使うのが目に見えていたからです。いま考えれば、そのルールは正しかったように思います。
私自身もガラケーに加えてスマホを持っていますが、基本的にはメールのチェックくらいで使用は最小限にしています。
私たちは2017年の4月に、仙台市のすべての就学生に「勉強中は必ず電源を切る。それができない、あるいは自信がない人は絶対に持ってはいけない」という強いメッセージを出そうと考えています。
スマホを子供に持たせるときに大切なのは、そのリスクをきちんと教えること。スマホには中毒性があります。中毒性があるものへの耐性は、大人も子供もありません。ただ麻薬とは違い、悪い面ばかりではないことを考えると、これから持たせるのであれば、お酒やタバコ同様、20歳を過ぎてからのほうがいいのではないか、と私は考えています。
お酒を飲みすぎると、肝臓を壊したり、アルコール中毒になったりするわけですが、いまはそのリスクを知らずに、子供に楽しくなるからとドンドンお酒を飲ませている状態なのです。
※川島隆太教授がスマホの危険性を指摘した著書『スマホが学力を破壊する』 (集英社新書)が好評発売中