火中の栗を拾った安倍首相
イランとの交渉、と言えば41年ぶりにイランを訪れた首相となったのが安倍晋三氏であった。2019年6月にイランを訪問、当時のロウハニ大統領・ハメネイ師との会談に臨んでいる。
トランプ第一次政権時に、アメリカが一方的に核合意を離脱。アメリカとイランの交渉が暗礁に乗り上げる中、安倍首相はトランプの後押しもあってイランを訪問した。
安倍首相はイランとの縁があった。1983年に、安倍首相の父である晋太郎氏が外務大臣としてイランを訪問しており、その際には安倍首相自身が外務大臣秘書官として同行していたのである。
それが41年ぶりの首相によるイラン訪問につながった。
この時のイラン訪問の舞台裏を綴ったのが『イランは脅威か―ホルムズ海峡の大国と日本外交』(岩波書店、2022年)で、著者は2018年から駐イラン特命全権大使を務めた斎藤貢氏だ。
安倍首相のイラン訪問に至る情勢から、当日の模様までを詳細に、しかも読みやすい文章で書いていて、臨場感を味わうことができる(おいしそうなお菓子の描写も登場)。さらには、イラン側の思惑や驚くべき行動までが明かされているのも興味深い。
安倍首相のイラン訪問中に日本に関係する船舶がイランの革命防衛隊によるものと思われる攻撃を受けるアクシデントもあった。この攻撃はどのような意味を持つものだったのか。斎藤氏は「日本を狙ったものではなかったのでは」と解説する。
これも対イラン外交の当事者だからこその解釈かもしれないが、イランは火中の栗を拾うべく飛び込んできた安倍首相の姿勢を評価しており、あえて日本関係船を狙ってメンツをつぶす必要はなかったと考えているようである。
確かに、安倍首相の訪問から半年後に、今度はロウハニ大統領が19年ぶりに日本を訪問をしている。この時の、ペルシャ湾地域への海上自衛隊艦艇の派遣に関するイラン側とのやり取りは、今こそ読んでおくべき部分だろう。〈交渉になるとタフ〉と斎藤氏が書くイラン側との折衝が垣間見えるためだ。
なお、この場面には駐日大使を務めたのち、外務次官となったアラグチ氏も登場する。
窮地に立ったイランの行動
日本人のイラン理解を難しくするのは、政治や社会に宗教的要素が影響する点だろう。イラン攻撃を行っているイスラエルとアメリカについても宗教は大きく影響しており、国際社会の動きを知る上で宗教はますます外せないテーマとなっている。
各国の宗教観やそれが外交や安全保障、国際情勢に影響する状況を掴むには、東京大学先端研教授の池内恵編著『「世界を動かす宗教」講座』(PHP新書、2026年)が役に立つ。対談や短めの解説によって、イスラム教をはじめユダヤ教、キリスト教/福音派、ロシア正教会などまさに世界の宗教を網羅している。
「なぜあそこまでアメリカはイスラエルに振り回されるのか」と日本人としては思ってしまうが、それはイスラエルを支持する福音派の存在なくして理解できない。
『福音派』(中公新書)が大ベストセラーになっている立教大学の加藤喜之教授の〈トランプを支える福音派とキリスト教シオニズム〉は、『福音派』を読む前の導入として押さえておくと理解が進む。
本書でイランに直接言及しているものは少ないが、エネルギー研究所の保阪修司研究顧問による〈ガザ戦争とイスラーム主義の今後〉に、イスラエル攻撃を繰り返してきたハマスやヒズボラなどの武装組織を支援する存在として登場する。
イランの弱体化はこうした組織の勢力にも影響するものの、だからこそ窮地に立たされることになればイランが〈子飼いの勢力を暴れさせ、反イラン諸国を攪乱させる〉可能性もあるとする。
どうしても欧米視点が強くなってしまう日本の情報環境の中で、イスラム社会視点からの見え方を適宜提示する池内恵×松本佐保(日大教授)の〈宗教は復興しているか、衰退しているか〉は貴重な対談だ。
そもそも日本は国際情勢を一対一の関係でとらえがちだが、それぞれの国には思惑があり、多数対多数の構図をも見据える視点が必要になる。本書で池内氏が〈(イスラーム世界が)パワーを取り戻すために誰と手を組むかと言えば、インドやラテンアメリカと並んで、中国がその相手候補〉と言っているのは見逃せない。
戦争・軍事行動の早期終結を願うばかりだが、「なぜこうなってしまうのか」「日本はイランや現状にどう向き合うべきなのか」を知ることも重要であろう。

