「自動車王」も「英雄」も見事にはまった“陰謀論”|松崎いたる

「自動車王」も「英雄」も見事にはまった“陰謀論”|松崎いたる

「単なるデタラメと違うのは、多くの人にとって重大な関心事が実際に起きており、その原因について、一見もっともらしい『説得力』のある説明がされることである」――あの偉人たちもはまってしまった危険な誘惑の世界。その原型をたどると……。


滞在先のフランスやイギリスを拠点に活動していたリンドバーグは、航空技術の調査のためにドイツにも足を運ぶようになった。当時のドイツはナチ党政権の下で急速に再軍備を進めており、航空機産業や軍事技術の先進性は世界でも注目を集めていた。リンドバーグは試作機の飛行に同乗し、技術者たちと交流する中で、その工業力と規律に感銘を受ける。

こうした交流の延長線上で、1938年、ベルリン駐在のアメリカ大使を通じてナチス政府からリンドバーグに、フォードの同様に「ドイツ鷲章」が授与された。それは「ドイツ航空への貢献」を名目とするもので、授与式にはヘルマン・ゲーリング元帥も臨席した。この出来事はリンドバーグにとって、当時のドイツ航空技術への評価の証であったが、後に第二次世界大戦が激化する中で、大きな論争と非難を呼ぶことになる。

ナチス・ドイツから勲章を授与されたリンドバーグは、帰国後アメリカで批判にさらされた。彼自身は「純粋に航空技術への貢献を認められたもの」と説明したが、世論の中では「ナチスへの同調」と受け止められ、次第に彼の立場は微妙なものとなっていった。

「アメリカファースト委員会」で「イギリス」「ユダヤ人」「ルーズベルト政権」を批判

その頃、アメリカ国内ではヨーロッパの戦争拡大をめぐり、参戦か不介入かの大論争が巻き起こっていた。リンドバーグは英雄としての名声を背景に、やがて孤立主義の代表的存在となっていく。1939年に設立された「アメリカファースト委員会」に参加し、講演や寄稿を通じて「アメリカはヨーロッパ戦争に介入すべきでない」と繰り返し主張した。

こうした中、1941年9月11日、アイオワ州デモインでのアメリカファースト委員会主演説においてリンドバーグは、アメリカを戦争へ導こうとしている勢力として「イギリス」「ユダヤ人」「ルーズベルト政権」を名指しした。

このデモイン演説でリンドバーグは「なぜユダヤ人がナチス・ドイツの転覆を望むのかを理解するのは難しくありません。ドイツでのかれらへの迫害は、ドイツ人を諸国民のなかで、ユダヤ人の恨み重なる敵とするのに充分でしょう」とユダヤ人たちがアメリカの対独参戦を要求する姿勢に理解を示した一方で「しかし、かれらの見地からは正しくても、われわれの見地からは推奨できない、非アメリカ的な理由で、われわれを戦争に巻き込もうとしている」として、アメリカは不介入、孤立主義を貫くべきだと主張した。

国民的英雄から「危険人物」へ

このデモイン演説は強い反ユダヤ主義的内容を含んでいたため、彼に対する評価は一気に変わり、かつての国民的英雄は「ナチスに同調する危険な人物」として世論の厳しい批判を浴びることとなった。

リンドバーグは、真珠湾攻撃によってアメリカが参戦した後も、ルーズベルト大統領との対立から公的な軍務に就くことは許されず、民間の技術顧問として航空機の改良に携わり、燃料効率の向上や戦闘技術の指導を行った。その過程で自らも太平洋戦線に参加し、実戦飛行に従事して日本機を撃墜したというエピソードを残している。

戦後のリンドバーグは、かつてのように公然と反ユダヤ的な発言をすることはなく、環境保護や自然保全の活動に力を注ぐようになった。しかしそれでも、アメリカファースト委員会での孤立主義的活動や、ユダヤ人を戦争推進の責任者と名指ししたデモイン演説は負の経歴として長く記憶され続けた。

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