日台で共有される「お互い様」精神
災害は被害に遭った人の物心両面に大きな傷跡を残すが、一方でそこから生まれる物語や関係性もある。
日本と台湾の絆は、まさにその一つだろう。
2011年の東日本大震災の際に台湾からは200億円を超える多額の支援金が届けられたが、その後も両国で災害が起きるたびにお互いがお見舞いの言葉を送り、支援を申し出る関係が続いてきた。
こうした関係を、「台湾駐日大使館」にあたる「台北駐日経済文化代表処」代表を務めた謝長廷氏は「善の循環」と呼んでいる。
今回ご紹介するのは、その謝長廷氏の回顧録である『台湾「駐日大使」秘話』(産経新聞出版)だ。
2016年から2024年までの8年にわたり、「駐日大使」を務めた謝氏の日本での日々を綴る本書は、台湾版の原著を翻訳、コンパクトにまとめたもの。
この間、災害もあれば、2020年からのコロナ禍にも見舞われた。ワクチンやマスクなど、中国は多くを囲い込み、恣意的に各国に渡すことで自国への影響力を見せつける「ワクチン・マスク外交」を展開したが、日台間ではそうした外交戦略よりも「お互い様」の価値観を元に助け合い精神による支援を行ってきた。
本書の「はじめに」には、ワクチン入手に苦労していた台湾に、日本からワクチンが送られる飛行機が飛び立つ場面が綴られている。謝氏はそのありがたさのあまり、雨の中レインコートを着てワクチンが台湾行きの飛行機に積み込まれる様子を成田空港で見守った。そして飛び立つ際には、深々と頭を下げた。
その場面が表紙のイラストと裏表紙の写真で掲載されているが、この謝氏の姿と日本からの支援が多くの台湾の人々の心を打ったようである。もちろん、日本人の心にも響く場面だ。まさに謝氏の言う「善の循環」を象徴する一幕と言えるだろう。
「自民党の親中派」の実態
意外だったのは、このワクチン支援の継続に当たり、謝氏が当時の二階俊博自民党幹事長に助けを求めていたことだ。謝氏もそう書いているように、二階氏は「親中派」として知られる。だが、二階氏は謝氏に自民党本部で会い、協力を約束したという。
それ以前の2020年にも、李登輝元総統の訃報を受けて自民党の多くの議員が台湾代表処に弔問に訪れる中、二階氏が「李元総統は偉大な指導者であり、台湾に弔問に行きたい」と述べたことが紹介されている。
こうした二階氏の言動に中国が抗議をしたかどうかは定かではないが、隔世の感を覚えるのは筆者だけではないだろう。
1995年、外務大臣だった河野洋平氏が外遊の際に乗った飛行機が悪天候のために台湾に緊急着陸した際、中国との関係を重んじて飛行機から降りなかったという事例は、「自民党の親中派」の象徴的振る舞いとして知られている。
それから30年が経つ中で、同じ「自民党の親中派」と一口に言っても、そのありようや台湾に対する姿勢は大きく変化してきたということなのだろう。
その点でもう一つ変化がうかがえるのが、やはり謝氏が「感激的瞬間」と書いている東京オリンピックでの出来事だ。
東京オリンピック開会式・閉会式で、NHKのアナウンサーが台湾の選手団を「チャイニーズ・タイペイ」ではなく「台湾」と紹介したのである。
「本当の名前」で呼ばれることが、台湾にとってどれだけ嬉しく重要なことだったか。本書にはないが、台湾での世論調査によれば正式に「台湾」名を使えないことを遺憾だと考える人が80%を超えたそうで、それだけに「台湾です」と紹介したNHKの対応を受け、台湾メディアは「台湾に誇りの瞬間をもたらした」と歓迎したという。