リアルな懸念の声も現場から上がっている。FBI副長官を務めるダン・ボンジーノ氏は、Xに「現在、『86』という暗示的な表現を用いて公人に対する不穏なメッセージを送る模倣犯が現れ始めている」と投稿。税金で運営される治安当局の対応コストに言及しつつ、「これは、自制心を失った自己中心的な人物が、極めて稚拙な判断を繰り返すことで、いかに深刻な影響を社会に与え得るかを改めて示す出来事だ」と指摘した。コミーのように影響力を持つ立場にある人物がSNS上で軽はずみな行動をとれば、その波紋は、想像以上に広く、深く社会に広がっていくからだ。
メディアでも批判の声が上がっている。Foxニュースの司会者ショーン・ハニティー氏は、「この男、コミーはかつてFBIを率いていた。それが今になって、『ドナルド・トランプを殺せ』という意味に取られかねない暗号について、知らぬ存ぜぬを決め込んでいる」と厳しく非難した。
こうした動きを受けて、シークレットサービスは、コミー元長官に対して事情聴取を行った。報道によれば、聴取は任意で行われ、投稿の意図や背景について説明を求めたものとされる。
FBIの元トップという立場の人物が「現職大統領の暗殺を示唆しているのでは」と受け取られかねない投稿を行い、実際に当局の捜査対象となったという事実は、事態の深刻さを物語っている。
トランプを「マフィアの親玉のようだ」
コミーは批判を受けて投稿を削除し、「この数字が暴力に結びつくとは思わなかった」と釈明。問題の投稿については、散歩中に偶然見かけた貝殻について、妻と交わした何気ない会話から生まれたと説明している。妻がかつてレストラン勤務時代に「86」という言葉を「品切れ」や「除外」の意味で使っていたという話になり、自身も若い頃に「その場を離れる」「排除する」といったニュアンスで使われていたことを思い出したという。その流れで「写真を撮ってみよう」ということになり、その投稿に至ったというのが彼の説明だ。
実際、「民主的に排除する」のと「暴力によって排除する」のでは、意味合いがまったく異なる。だが、コミーの表現は曖昧だった。しかも、その投稿が「かつてトランプと対立した元FBI長官」から発せられたとなれば、暗殺未遂の歴史を考慮して「偶然では済まされない」と受け止める声が根強いのも無理はない。
両者の因縁は、第一次トランプ政権時代にさかのぼる。コミーは、2013年、当時のオバマ大統領によってFBI長官に任命された。そして、コミーは、第一次トランプ政権下で発生した「ロシア疑惑」の捜査を指揮した。これがトランプ大統領の逆鱗に触れ、2017年5月、FBI長官を更迭される結果となった。
それから1年後の2018年4月、コミーは回顧録『より高き忠誠 A HIGHER LOYALTY ― 真実と嘘とリーダーシップ』を出版した。そこでは、トランプを「マフィアの親玉のようだ」と表現し、「非道徳的で真実を顧みない」と断じたうえ、「彼のリーダーシップは本能的な衝動に基づいている」と手厳しく評している。