「野蛮な行為」を放置
(ⅳ)人命の軽視・殺害増加
ロシア軍によるウクライナの民間人攻撃の非道性は、今回すでに一万数千人のパレスチナ民間人を殺傷したイスラエルと重なるところがある。こうした「野蛮な行為」を事実上放置している国際社会の無力性には、憤りを禁じ得ない。なお、プーチン氏がイスラエルの蛮行を批判していることは、滑稽の極みだ。
(v)令状抜きの拘禁
イスラエル当局は、西岸で7000人余のパレスチナ人(婦人、未成年者をむ)を裁判抜きで長期収監している。この人権無視の有り様、中国と見まがうほどだ。
(ⅵ)あくなき領土拡張意欲
ロシアがドネツク、ルハンスクをウクライナから、また、アブハジア、南オセチアをジョージアからそれぞれ「略奪」したことは、イスラエルがパレスチナ領(西岸)を少しずつではあるが、執拗に奪い取っていることに通じるものがある。
それらの根っこには、ロシアの場合、18―19世紀の帝国主義的メンタリティが、イスラエルの場合、19―20世紀前半のコロニアリズム的メンタリティがそれぞれあるものと見る。つまり両国とも、過去のメンタリティを今日なお色濃く残しているという点で、共通する。
(ⅶ)自国民の大量送り込み
中国は、本来はモンゴル人、チベット人、ウイグル人のものであった土地に多くの漢人を送り込み、「漢人化」を図っているが、これは西岸地域でイスラエルがやっていること(西岸の「イスラエル化」)とそっくりである。
(ⅷ)先住者の抑圧(アパルトヘイト)
中国が新疆で、ウイグル人などを「強制収容所」に強制隔離し、弾圧している様は、ガザにパレスチナ人を閉じ込めているイスラエルの仕打ち(バチカンのある高官はこれを事実上の「強制収容所」であると喝破)と似たところがある。両国がやっていることは、多分にアパルトヘイト的だ。
なお、これらのうち(ⅰ)、(ⅱ)に限って言えば、他にも該当する国があるかもしれないが、上述の八項目の全てにつき3カ国が似た体質を持っていることは、注目すべきものと考える。
まとめ
本稿では、イスラエルという国が立つ基盤にモラリズム(徳)が欠けており、その意味で、危ういものがあるという点に絞って、私の見方を示した。
繰り返すが、私の議論は、あくまで、国家としてのイスラエル」に限定したものだ。ユダヤ人一般を念頭に置いたものではない。長い外交官人生を通じ、米国や英国などで、多くのユダヤ系の知己を得た。優秀かつリベラな人が多いが、本稿は反ユダヤ人論ではない点、強調しておく。
では、その上で、将来を展望するにあたり、肝腎な点は何か? 3点だけ挙げておく。
第一は、具体性を欠き、精神論的になるが、「禊」が行われること。「原罪」を抱えるイスラエルには、先ずは「徳」が欠けていることを自覚して貰うことが先決だ。
その上で、二国家共存の道を模索することになるが、メカニカルに共存体制に移行する前に、ある種の「禊」が行われ、もって、多くのアラブ人の心理的しこりが氷解され、かてて加えて、イスラエルと言う国が体現しているコロニアリズムの残渣が拭い去られることが不可欠だ。
見通しは明るくないが、あの血染めであった北アイルランドで和解が成立したことが、僅かかも知れないが、望みを与えてくれる。
第二に、パレスチナ人の間でファタハが全く信頼されていない現状に照らせば、ハマスに何らかの当事者能力を与えることが、実際上不可欠と考える。
第三に、「野蛮」としか言いようがない暴力の連鎖を続けているイスラエルとハマスの責任者を、国際刑事裁判所に訴えるべきだ。司法で「裁く」ことは、野蛮な戦争を続けるより、はるかにましだ。(了)
初出:月刊『Hanada』2024年2月号
1948年東京生まれ。1970年東京大学教養学部を卒業後、外務省入省。1973年英ケンブリッジ大学経済学部卒業、のちに修士課程修了。国際交流基金総務部長、スペイン公使、メルボルン総領事、駐グアテマラ大使、国際研修協力機構(JITCO)常務理事を経て、2006年10月より2010年9月まで、駐バチカン大使、2011年4月より杏林大学外国語学部客員教授。著書に『現代日本文明論 神を呑み込んだカミガミの物語』(第三企画)ほか。論文、エッセイ多数。