「徳」なきイスラエルは、中露そっくり|上野景文

「徳」なきイスラエルは、中露そっくり|上野景文

世界が驚愕したハマスによるイスラエルへの電撃攻撃。米国はイスラエルに寄り添い、同国の防衛を支援する旨を宣明。英国、フランス、ドイツ、イタリアも、(ハイスラエルの防衛努力を断固支持する旨の声明を発出した。 文明論考家である筆者は、この声明にある種に危うさを感じた――。


構造的問題を繙く

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イスラエルは、テロ攻撃の犠牲になった自分たちを国際社会が支えるのは当然だと強調し、ハマス壊滅を宣言したが、同国高官からは「正義は自分たちの手中にあり」との口吻が感じられた。
 
が、彼らはそこまで堂々と宣明するだけの「立派な立場」にいるのだろうか? それが今回、私がまず感じたことである。先述のグテーレス氏の安保理での発言は、まさにそこを突いたもので、問題の根源に迫ったものであった。
 
私は9月末、月刊『Hanada』のウェブサイトである「Hanadaプラス」に、「処理水」問題を巡り聞こえてくる中国政府の主張に国際社会の大宗は信頼を寄せないだろう、なぜなら、国際社会の大宗は、平素の行状を観察した結果として、同国に高い「平常点」を与えることはないはずなので、と論じた。
 
これと同様、イスラエルという国についても、普段の行状を観察すればするほど、同国には悪いが、高い「平常点」はあげられないと言わざるを得ない。同国の国柄にはモラリズム(道徳性)が希薄であり、「徳」が感じられないという致命的な問題があるということだ。
 
そこで、右の点を三つの観点からより具体的に論じてみたい。

(1)建国にまつわる「負の遺産」と「原罪」
 周知のことと思うが、1947―48年に至るイスラエル建国のプロセスは、多分に複雑である。が、思い切って単純化すれば、「これまでの居住者(アラブ人)を追い出し、その跡地にユダヤ人国家を建てた」(注1)というものだった。しかも、国連がそのお膳立てをした。
 
その結果、75万人のパレスチナ難民を生んだ。彼らの多くは周辺国のご厄介になり、現在ではその数は500万~600万人に膨れ上がっている。

簡単にいえば、イスラエルという国家はアラブ人(パレスチナ人)の土地を「乗っ取って」つくられた国家であり、住民の多くは半ば強制的に追放された(=強制移住)ということであった。このように、イスラエルの建国は初めから巨大な「負の遺産」を抱えており、今日に至るまで、この「負の遺産」は解消されていない。
 
すなわち、国連決議(第181号)による「お墨付き」こそあったものの、イスラエルの建国は多くのアラブ人を犠牲にして成し遂げられたものであり、モラリズムと公正さ、ひいては正当性を欠くものであった(注2)。より厳しい言い方をすれば、「原罪」を抱えた国家(注3)として出発したということだ。
 
そこに残されたものはアラブ人の怨念であり、イスラエルという国は建国以来、一貫してアラブ人による巻き返し、仕返しに備える必要(強力な軍備)があった。

「イスラエルというシステム」は強力な武力抜きには維持し得ない、つまり、その存立確保には過剰とも言える暴力行使を伴わざるを得ないという意味で、はじめから「宿痾」とも言うべきものを持っていたわけだ。しかも、この厳しい構造は、より拡大された形で今日まで続いてきている。

(注1)詳しく言えば、ユダヤ人国家とアラブ人(パレスチナ人)国家の双方をつくろうとしたが、後者は、国連の提案(後述)を拒否し、アラブ人国家建国は今日なお実現していない。

(注2)唯一あった「錦の御旗」は、「ホロコーストの犠牲者」という点である。この印籠、欧州諸国に対しては有効かもしれないが、アラブ諸国に対して有効とは思えない。

(注3)ワシントンポストのコラムニスト、シャディ・ハミド氏の指摘(23年10月16日)

欧州人の身勝手さ

ここで補足しておきたい点が2点ある。まず、「強制移住(forced Deportation, displacement)」を伴う建国であったと先に述べたが、21世紀的基準から見れば言語道断と言うほかない。
 
が、第一次大戦から第二次大戦までの国際社会を俯瞰すると、特に国家の再編との絡みで、「強制移住」の事例は結構あった。たとえば第一次大戦後、ローザンヌ協定(1923年)を結ぶことで、ギリシャは40万人のトルコ人を、トルコは150万人のギリシャ人をそれぞれ追放しあうことで、国家の再編を行った。
 
また、第二次大戦後の1945―47年に、チェコスロバキアなどの東欧諸国は700万人のドイツ人を追放したほか、戦後の新しい国境線に合わせ、150万人のポーランド人が(ソ連から)ポーランドに、また50万人のウクライナ人がポーランドからウクライナに、それぞれ強制移住させられた。
 
事程左様に、強制移住を伴う建国、あるいは国境再編は、当時の感覚では特別のことではなかった。イスラエルの建国を含め。が、それはあくまで80年前までの話であり、今日強制移住はご法度とされている。
 
ところが、今次紛争に関連して、イスラエルではガザのパレスチナ人の何割かをエジプト(シナイ半島)に引き取ってもらうことを期した施策が検討されているとの報道があった(エジプトが受け容れることはまずあり得ないが)。これなど、元々よそ者だったイスラエル人が、本来の住民であるアラブ人を「追い出す」という倒錯した話だ(その意味で、言語道断)。

今回、北部ガザから住民を強制的に南に移したことを含め、イスラエルと言う国家は、自国の都合で追放・移住を強制するという80年前までの「古色蒼然たる尺度」でいまだに行動している訳だ。
 
もう1点は、欧州人の身勝手さについてだ。欧州がホロコーストなどへの負い目からユダヤ人国家をつくることに理解を示すということであれば、本来は欧州内に建国するのが道理というものだ。

つまり、自分たちが招いた「矛盾」を解消するということであれば、ドイツ、英国、フランスなど域内で完結させるのが筋だ。他の地域(第三世界)に自分たちの「矛盾」を押し付けること(=皺寄せをアラブ世界に持ち込むこと)はコロニアリズム(植民地主義)そのものであり、公正さを欠くものであったと言わざるを得ない。

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