「徳」なきイスラエルは、中露そっくり|上野景文

「徳」なきイスラエルは、中露そっくり|上野景文

世界が驚愕したハマスによるイスラエルへの電撃攻撃。米国はイスラエルに寄り添い、同国の防衛を支援する旨を宣明。英国、フランス、ドイツ、イタリアも、(ハイスラエルの防衛努力を断固支持する旨の声明を発出した。 文明論考家である筆者は、この声明にある種に危うさを感じた――。


ガザはアパルトヘイト

(2)あくなき領土拡張の欲求……不条理のさらなる蓄積

国連は当初、ユダヤ人に国土の56%を、アラブ人に44%を与えるという提案を行った。ユダヤ人のなかでも、強硬派は全土を手にしたいということで同案に反発したが、現実主義派がこれを抑え、国連案を呑んだ。他方、アラブ人は不条理な提案だとこれを蹴った。

以来、ユダヤ人の強硬派は、全土掌握を視野に入れつつ、一貫して国土拡張を求め続けてきている。特に、西岸地域におけるいわゆるユダヤ人入植地の拡大とパレスチナ人の土地の乗っ取りは、この20年、執拗に進められてきている。

極右も参加しているイスラエル政府は、近年、より大胆かつ立て続けに「乗っ取り」案件を承認しており、同時に、パレスチナ人に対する収奪も歯止めなく行われている。
 
加えて、パレスチナ人を対象とした入植者による暴力事件があとを絶たない(10月7日以降だけで230人が殺害されている)。かつては、これを諫める役割を多少なりとも担っていた米国であるが、近年、その役割をほぼ放棄したものの如くである。米国がイスラエルをスポイル(ダメにする)させてきたことも手伝い、イスラエルは著しく公正さを欠く国家になり下がってしまった。
 
このような環境下で、パレスチナ人は狭い地域に閉じ込められるだけでなく、「安全至上主義」のイスラエル政府により、堅牢な「分離壁」によってユダヤ人地域から完璧に遮断される屈辱的な扱いをされている。
 
特に、狭隘なガザ地区の住民が「天井のない刑務所」とも揶揄される閉鎖空間(注4)で「三流市民」の扱いを受けていることは、今日、国際的に批判の対象となっている。
 
米国でも急進的リベラル派は、かかる不条理な現状は「アパルトヘイトそのもの」と糾弾している(注5)。
 
米国で特に目を引くのは青年層(18―39歳)だ。ハーバード大学の学生を筆頭に、近年、イスラエルを批判し、パレスチナを支持する傾向を強めている。
 
このように、イスラエルの国としての「徳」は、先述のグテーレス発言がずばり指弾したように、この80年、一貫して低下してきたといわざるを得ない。

(注4)2008―09年のガザ紛争の際にも、イスラエルはガザに波状的に空襲を行い、一千三百人あまりのパレスチナ人が犠牲となった(イスラエル側の犠牲者は十三人)。その際、バチカンのある幹部(枢機卿)は「ガザ地区はまさに強制収容所のようだ」とホロコーストをイメージさせる発言をして、イスラエル側が強く反発した。

(注5)S・カランス氏の指摘(ハフポスト、23年10月8日)
 

危険なテロリスト征伐

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(3)イスラエルは中国・ロシアに類似

バイデン氏は、ハマスとプーチンとは同類だと発言したが、私はその発言は妥当ではない、中国、ロシアと類似するのはむしろイスラエルの行動様式だと見る。
 
やや図式的になるが、以下の八つの観点から、中露両国との類似性を検証する。イスラエルを客観的に理解するうえで、不可欠なポイントであろう。米国や西欧には、この点につき、先入観を棄てて冷静な分析をすることを求めたい。

(ⅰ)国際法、ないし、国連の無視・軽視
 国連決議無視(イスラエル人の入植拡大)、海洋法無視(南シナ海における中国の人工島造成)、国連憲章違反(ロシアのウクライナ侵攻)を見るに、イスラエルを含む三国は「瓜三つ」だ。

(ⅱ)国防・主権への異常なこだわり
この点についても、説明は不要であろう。中国は、ことあるごとに「核心的利益」の旗を振りかざすが、イスラエルも似た体質だ。三国とも強い「猜疑心の塊」であり、安全保障を振りかざして、反道徳的行動に走る点が共通する。

(ⅲ)テロを印籠として使う
ブッシュ(ジュニア)大統領が二十年前にテロを「絶対悪」として掲げ、国際協力を呼び掛けたとき、私は、「これはまずい」と直感した。ロシア、中国が、ウイグル、チェチェン等の団体を「テロリスト」と指定さえすれば、文句をつけにくい国際的環境が醸成されると見通されたからだ。

果せるかな、イスラエル他二か国は、テロリスト排除と言う印籠を得ることで、ウイグル人、パレスチナ人などの弾圧に強気に臨むことになった。
 
すなわち、この三国は、テロリスト征伐という印籠を振りかざすことで、彼らを徹底的に叩いても良いという国際的お墨付きを得たと了解するようになったわけだ(「悪乗り」と言うほかないのだが)。
 
一般論にはなるが、国際社会がテロリストだという掛け声を乱発することは、三国の「反テロ行動」に「免罪符」を与えることになる。今後はもっと慎重になるべきだ。すでに相当のモラルハザード(濫用)が起きている。だから、BBCは「テロリスト」なる用語を使用しないと言う方針を堅持している(注6)。

(注6)英国のBBCは、「テロリスト」なる用語を使用しないとの方針を堅持しているが、今回の紛争勃発後、同国政府他から方針を変えるようとの圧力を受けている。BBCは右の指針を堅持する構えのようであるが、「テロリスト」のレッテルを貼ると、ある種の思考停止を生じる虞れがあることを懸念してのことのようだ。まともな判断と思われる。

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