「わが党の歴史のなかには、さまざまな誤り、時には重大な誤りがあります。さらに歴史的な制約もあります。わが党の歴史は、それらに事実と道理にもとづいて誠実に向き合い、科学的社会主義を土台としてつねに自己改革を続けてきた歴史であります。『百年』史は、そうした自己改革の足跡を、可能な限り率直に明記するものとなっています。すなわち『百年』史では、わが党の過去の欠陥と歴史的制約について、何ものも恐れることのない科学的精神にもとづいて、国民の前に明らかにしています。わが党に対して「無謬(むびゅう)主義の党」――誤りを一切認めない党という非難がありますが、それがいかに事実に反するものであるかは、『百年』史をご一読いただければお分かりいただけると思います」。
だが「重大な誤り」を強調すればするほど、過去の誤りを誤りとして素直に反省するのではなく、誤りについての自分たちの責任を認めずに、「歴史的制約」などといって、他者に責任を押し付ける共産党の独善的な体質だ。自己の責任を認めないという点では依然として「無謬主義の党」なのだ。
志位氏は議事録が読めないのか
志位氏は、『百年』史において「過去の欠陥や歴史的制約についてメスを入れている」と強調し、その典型例として旧・優生保護法に対する共産党の態度の問題を取上げている。
「この法律は、1948年から96年にわたって存在したもので、強制不妊手術など憲法上の権利を違法に侵害する許しがたい立法でありました。これに日本共産党がどうかかわったか、今回検証の作業を突っ込んで行いました」(7月25日の記者会見)と述べたうえで、「実を言いますと、48年の立法当初について、当時の国会議事録をだいぶ精査したんですが、党議員団の態度が明瞭には判定がつかないのです。ただ、その後、1952年に旧『優生保護法』が改定されて、『優生手術』の範囲が拡大された。精神疾患をお持ちの方にも拡大された。重大な改悪です。その時、党議員団は賛成し、全会一致で成立させたという重大な誤りが明瞭になりました。この誤りについて、『百年』史には明記しております」などと舞台裏の〝苦労話〟を披瀝している。
この結果、『百年』史には「一九五二年の旧『優生保護法』の改定で、『優生手術』の適用範囲が拡大されたさい、党も賛成して全会一致で成立させるという重大な誤りをおかしました」と記述されることになった。
旧優生保護法については、法成立の当初から共産党が積極的に推進してきた事実を、私は昨年出版した『日本共産党 暗黒の百年史』(飛鳥新社)の中で詳述させていただいた。
これまでの共産党編纂の党史では、優生保護法や優性思想に触れたことはなかったので、『百年』史で初めてこの問題を取り上げたのは、私の『暗黒の百年史』での指摘を、共産党が無視できなくなった結果ともいえる。
しかし共産党が一年かけて国会議事録を精査したにもかかわらず「党議員団の態度が明瞭には判定がつかない」という志位氏の話が本当だとすれば、共産党による議事録精査はかなりずさんなものだといえる。なぜなら、私が一人で議事録を調べてみても、議事録には1948年の立法当初から共産党が優生保護法に賛成していた事実がきちんと記録されているからである。
志位氏は議事録の読み方を知らないのか。 それとも、優生保護法に賛成した年を1948年から1952年に遅らせて、いくらかでも優生思想に染まっていた暗黒の歴史を誤魔化そうと意図したのだろうか。