石井 いま山田先生からラムジャブさんの事件についての言及がありました。この事件については南モンゴル人権情報センターが情報発信をしたことで日本でも一部報道が出て、関心が高まっています。解説をお願いします。
エンフバット 私個人としても、南モンゴル人権情報センターとしても、このラムジャブ・ボルジギンさんとは何年もの間、直接のつながりを持ってきました。ラムジャブさんは、南モンゴルにおける反体制の著名な作家です。『中国の文化大革命』という書籍を出版したために2019年に懲役2年の判決を受けて服役し、刑期を終えたあとも無期限の自宅軟禁とされていました。今年(2023)3月に中国を脱出してモンゴル国に逃げたのですが、5月3日に中国が派遣した警察にモンゴル国において逮捕され、中国に強制連行されてしまいました。いま山田先生が指摘されたように、本来はまさに「考えられない」事件です。独立国であるモンゴル国において、中国の警察が自由に動いているわけですから、異常な話なのです。
特にラムジャブがモンゴル国に行ってからは、私たちは頻繁に連絡を取っていましたし、インタビューも行いました。インタビュー内容は私たちのホームページでも公開しています。
ラムジャブはUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)を通じて亡命を求めていたので、私たちはその手助けをしていました。しかし残念ながら、その取り組みをしている最中に、中国政府は自国の警察をモンゴル国に送り、ラムジャブを逮捕して中国に連れ戻したのです。私たちはラムジャブの健康状態も何も今は全くわかりません。南モンゴルのシリンゴル地域にいるようなのですが、それが刑務所にいるのか、拘置所なのか、自宅軟禁なのかなどは全く分かりません。
わかっていることは、彼に自由が無いということだけです。実は、このラムジャブのケースは、初めてではありません。2009年以降、同じような事件が少なくとも5件はありました。南モンゴルから独立国であるモンゴル国に逃げている人々に対し、中国政府が警察を派遣して逮捕し、連れ戻したというケースです。
山田 その5件がその後どのようになったのか、その捕まった人たちがどうなったのかの消息はわかっているのですか?
エンフバット 最初のケースは、2009年のバッチャンガ氏です。バッチャンガは南モンゴルのオルドス出身で、当時はモンゴル国のウランバートルにいました。バッチャンガはモンゴル・チベット医療学校の校長をしていました。モンゴル国に逃げてきており、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)を通じて亡命を求めていました。
先ほどのラムジャブのケースと同じなのですが、中国政府が警察を送り、バッチャンガを逮捕・連行しました。この時、中国の警察は、何とモンゴル国の警察と一緒に、ウランバートルのUNHCRのビルの前でバッチャンガを逮捕し、彼の妻と娘と一緒に中国に連れ去りました。UNHCRのビルの前というのが、異常性を際立たせています。その後、バッチャンガは中国で懲役3年の刑となり服役しましたが、刑期を終えた後の彼がどうなっているのかは全く分かりません。その事件が起きた2009年のとき、バッチャンガの娘はまだ9歳でした。そのためこの娘さんはそのときのショックが元で非常に深刻な精神病を患ったということを聞いています。バッチャンガの健康状態についての情報は何もありません。