安倍元首相逝去 深い悲しみと反省|山口敬之【WEB連載第12回】

安倍元首相逝去 深い悲しみと反省|山口敬之【WEB連載第12回】

「お亡くなりになった」という書き方は不正確で不適切だったと思う。政府筋の情報として「蘇生の可能性は極めて低い」というような伝え方にするべきだったと反省している。記者としても人間としても未熟な私は、悩みながら罵倒されながら、ただ倒れないで仕事を続ける――。


「気が狂ってしまいそうなんだよ」

ここで一報をくれた近親者からまた電話が鳴った。
「心肺停止という報道は事実です。相当厳しい。いつ死亡と言われてもおかしくない状況です」

いつもは朗朗としたオペラ歌手のような美声の持ち主だったが、携帯から聞こえる声は、くぐもった涙声だった。

「お辛いでしょう。もう、僕にそんな電話くれなくていいです」
「誰かに言わないと、気が狂ってしまいそうなんだよ」

近親者と電話で話している最中にまたNHKの速報音が鳴った。
「ついに死亡の速報か?」と固唾を飲んで画面を見ていると、「犯人逮捕」という字幕がでて、ひとまずホッと胸を撫で下ろした。

「NHKの速報は犯人逮捕という内容でしたよ」
「あぁ、そう。また電話するわ」

そう言って電話を切るや否や、また携帯が鳴った。別の関係者だった。
「心肺停止で蘇生措置を続けているが、最悪の事態に備えてドクターヘリで県立(医科大学病院)に運ぶ」

一報では救急車で搬送されたということだったから、大きな病院に転送するということなのだろうか。

「状況は大変厳しい。時間の問題。覚悟しておいてくれと言われた」
信じたくない情報だったが、この人は政府の一次情報にアクセスできる人物だけに、信用するしかなかった。

呆然としてテレビを観ていると、また速報音が鳴った。「ついにか」と覚悟していると、なかなかテロップが変わらない。

何秒も待たされた後に出てきたのは「犯人逮捕」と「凶器押収」の字幕だった。

しばらくして、NHKの緊急特番の画面が空撮映像に切り替わり、ドクターヘリと救急車、そしてブルーシートを写し出していた。

前述の関係者の言葉を信じるならば、政府は生還の可能性を諦めて、死亡会見に向けた準備に入ったということになる。

「生還を祈りましょう」

空撮画面に手を合わせていると、また携帯が鳴った。携帯の画面を見ると旧知の永田町の大切な友人だった。慌てて携帯を取ると、中年男性の嗚咽する声だけが聞こえる。

何となく状況を推察して、
「山口です。聞こえてますよ」
と何度か囁いてみた。しばらくうめき声が続いて、ようやく、
「山口さん、ごめん。忙しいのは重々承知だけど、どうしてもあなたの声が聞きたくなって」

私は驚いてもう一度携帯の画面で着信者の名前を確認した。いつも冷静沈着で、涙どころか喜怒哀楽の感情すらあまり表に出さない能吏(のうり)の名前だった。

「いやぁ、心の平衡を保つのが難しくてね。でもこんなことは周りの人には言えない。山口さんならわかってくれると思ってね」
この後、この能吏は堰を切ったように号泣した。

こうした旧知の友人からの電話は他に2本あった。みんな嗚咽していた。
私は「まだダメと決まったわけじゃないから、生還を祈りましょう」と言った。
すると3人が3人とも、
「もう無理なんだよ。もうダメなんだよ。そう聞いてる」と言う。

3人の中には、最新情報にアクセスできる人物も含まれていた。そういう人達だから敢えて詳細は聞かなった。政府内で「安倍元首相逝去」が既成事実として共有されていることを知っただけで十分だった。

このうちの1名は「そろそろ政府としても発表すべきタイミングです。延命が不可能であることははっきりしているわけだし、植物状態ということでもないんだから」と憤っていた。

関連する投稿


旧安倍派の元議員が語る、イランがホルムズ海峡を封鎖できない理由|小笠原理恵

旧安倍派の元議員が語る、イランがホルムズ海峡を封鎖できない理由|小笠原理恵

イランとイスラエルは停戦合意をしたが、ホルムズ海峡封鎖という「最悪のシナリオ」は今後も残り続けるのだろうか。元衆議院議員の長尾たかし氏は次のような見解を示している。「イランはホルムズ海峡の封鎖ができない」。なぜなのか。


日本人宇宙飛行士、月に行く|和田政宗

日本人宇宙飛行士、月に行く|和田政宗

今年の政治における最大のニュースは、10月の衆院選での与党過半数割れであると思う。自民党にとって厳しい結果であるばかりか、これによる日本の政治の先行きへの不安や、日本の昨年の名目GDPが世界第4位に落ちたことから、経済面においても日本の将来に悲観的な観測をお持ちの方がいらっしゃると思う。「先行きは暗い」とおっしゃる方も多くいる。一方で、今年決定したことの中では、将来の日本にとても希望が持てるものが含まれている――。


「103万円の壁」、自民党は国民民主党を上回る内容を提示すべき|和田政宗

「103万円の壁」、自民党は国民民主党を上回る内容を提示すべき|和田政宗

衆院選で与党が過半数を割り込んだことによって、常任委員長ポストは、衆院選前の「与党15、野党2」から「与党10、野党7」と大きく変化した――。このような厳しい状況のなか、自民党はいま何をすべきなのか。(写真提供/産経新聞社)


トランプ再登板、政府与党がやるべきこと|和田政宗

トランプ再登板、政府与党がやるべきこと|和田政宗

米国大統領選はトランプ氏が圧勝した。米国民は実行力があるのはトランプ氏だと軍配を上げたのである。では、トランプ氏の当選で、我が国はどのような影響を受け、どのような対応を取るべきなのか。


我が党はなぜ大敗したのか|和田政宗

我が党はなぜ大敗したのか|和田政宗

衆院選が終わった。自民党は過半数を割る大敗で191議席となった。公明党も24議席となり連立与党でも215議席、与党系無所属議員を加えても221議席で、過半数の233議席に12議席も及ばなかった――。


最新の投稿


教科書に載らない歴史|なべやかん

教科書に載らない歴史|なべやかん

大人気連載「なべやかん遺産」がシン・シリーズ突入! 芸能界屈指のコレクターであり、都市伝説、オカルト、スピリチュアルな話題が大好きな芸人・なべやかんが蒐集した選りすぐりの「怪」な話を紹介!


旧安倍派の元議員が語る、イランがホルムズ海峡を封鎖できない理由|小笠原理恵

旧安倍派の元議員が語る、イランがホルムズ海峡を封鎖できない理由|小笠原理恵

イランとイスラエルは停戦合意をしたが、ホルムズ海峡封鎖という「最悪のシナリオ」は今後も残り続けるのだろうか。元衆議院議員の長尾たかし氏は次のような見解を示している。「イランはホルムズ海峡の封鎖ができない」。なぜなのか。


「医療の壁」を幸齢党がぶっ壊す!|和田秀樹

「医療の壁」を幸齢党がぶっ壊す!|和田秀樹

高齢者のインフルエンサーと呼ばれ、ベストセラーを次々と出してきた和田秀樹氏が「幸齢党」を立ち上げた。 なぜ、いま新党を立ち上げたのか。 「Hanadaプラス」限定の特別寄稿!


【今週のサンモニ】バンカーバスターは何を破壊したのか|藤原かずえ

【今週のサンモニ】バンカーバスターは何を破壊したのか|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。


【読書亡羊】「戦争が起きる二つのメカニズム」を知っていますか  千々和泰明『世界の力関係がわかる本』(ちくまプリマー新書)|梶原麻衣子

【読書亡羊】「戦争が起きる二つのメカニズム」を知っていますか 千々和泰明『世界の力関係がわかる本』(ちくまプリマー新書)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!