何一つ「おみやげ」がなかった本
どんな本や記事にも言えることだが、大事なのは「おみやげ」である。
読み終わった後に、ページを閉じても頭や心に残っていること、思わず人に話したくなる一文やエピソードが残っているか。初めて明かされる事実であってもいいし、必ずしも共感でなくてもいい。本の世界から現実に戻った時に手元に残っているもの、それを「おみやげ」と呼んでいる。
いい本や記事にはそうした箇所がいくつもある。お金を出して読んだ本なら、三つくらいはあってほしい。図書館で借りた本なら、一か所あればまあいいか。だが、世の中には本当に「何一つおみやげがない」本も存在する。
立憲民主党代表・枝野幸男『枝野ビジョン』(文春新書)は、そうしたおみやげがほとんどなかった。文章が難解なわけではない。極めて分かりやすく書かれている。悪辣な政権批判のようなノイズが邪魔しているわけでもない。
「資本主義は限界だ」「生産性、という言葉が本来と違う意味で使われていないか」「支え合う社会であるべきだ」という認識や理想にも特に異論はないどころか、むしろ賛成ではある。
だが、「読んでどうだった?」と聞かれても「うん、面白くない」という感想しか出てこないのだ。
政権担当当時のエピソードが全然ない
あるベテラン記者が「政治家の本なんて、面白くなくて当然だよ」と言っていて、確かにそうだなとは思った。しかし、だ。この枝野本は「面白くない」も度を越していて、読者、つまり有権者について一体どう考えているのかと迫りたくなるほどなのだ。
例えば政治における自身の実績。政治家本では自慢話にしかならないのは仕方ないが、党内の同僚議員が登場したり、その政策を実現したいと思ったきっかけとして、市井の人々から聞いた話といったエピソードが盛り込まれていれば読む方としては分かりやすい。
しかし枝野本にはそうしたものがごくわずかしかない。実績がないからではという声が聞こえてきそうだが、ならば失敗談を詳細に書き、それを現在はいかに経験値に変えるか書いてくれればいい。
だが本書では、政権担当当時の話が盛り込まれているものの、実にさらりと撫でるような記述で終わっている。