国際無秩序を生んだ米国の力の低下|田久保忠衛

国際無秩序を生んだ米国の力の低下|田久保忠衛

米国が「世界の警察官」の役割を引き続き演じていたら、ロシアのウクライナ侵攻、中国の南シナ海での人工島建設といった国際法違反の行動は阻止されていたと考えられる。玉突きの最初の一発は次々と連鎖反応を生んだ。日本の前途には暗雲が漂っている。


第2次世界大戦でチャーチル英首相の軍事首席補佐官を務め、戦後は北大西洋条約機構(NATO)初の事務総長になったヘイスティングス・イスメイ卿に、NATOの目的は「ロシアを除外し、米国を参加させ、ドイツを抑え込むことだ」との有名な言葉がある。中国の台頭など夢にも考えられない時代で、欧州に限定された勢力均衡を述べたものだが、国際政治の現実を見事なまでに説明しているではないか。

中露連携で世界は不安定に

戦後の国際秩序は目まぐるしく動いてきた。冷戦の直前から既に始まっていた米ソ両陣営対決の構造は、1991年に一気に瓦解した。代わって登場したのが、抜きんでてトップの地位を占めるに至った米国と、日本、中国、ロシア、ドイツ、フランス、英国の中級6カ国から成る「1+6」の世界だ。ただし、この世界秩序は長く続かず、中国が著しく台頭し、米国の指導力が相対的に低下する局面に変化した。

この傾向をさらに決定的にしたのは、2月24日のロシアのウクライナ侵攻である。戦争は継続中で、ロシア、ウクライナ双方にどれだけの損害が生まれているか不明だが、国民総生産(GDP)は韓国並みでも米国を上回る6000発以上の世界一の核弾頭を持つロシア軍に相当の被害が生じたことは明らかだ。しかも、世界的規模で展開されている対露経済制裁措置はこれから次第に効果が出てくるだろう。ロシアと中国はかつての主従関係が逆転し、ロシアが中国のジュニアパートナーになったことは疑いようもない。ユーラシア大陸に中露が協力して一大勢力が誕生したら、世界は安定へ向かわないだろう。

もう一つの目立った現象は、ドイツの動向である。ロシアのウクライナ侵攻から3日目の2月27日、ドイツのショルツ首相は日曜日の連邦議会特別セッションで、従来の防衛政策の大転換を発表した。それまでドイツは、国防費をGDPの2%以上にするNATOの申し合わせに従わず、ウクライナ向け軍事支援も武器供与を拒否し、防衛用のヘルメット5000個の提供で済まそうとして、米国をはじめNATO諸国のひんしゅくを買っていた。

ところが、そのドイツが国防費をGDPの2%以上に増やし、1000億ユーロ(約13兆円)の防衛強化基金を設け、ウクライナ向けに武器その他の軍装備を提供することを決めた。ショルツ首相の連邦議会での演説には、保守系野党も大きな拍手を送った。これで、経済力は欧州一、国防費では米国と中国に次ぐ世界第3位の国が出現する。ドイツが今後、政治的に重要な役割を演じるのは当然であろう。

違法行動の玉突き現象

仮定の話になるが、米国が「世界の警察官」の役割を引き続き演じていたら、ロシアのウクライナ侵攻、中国の南シナ海での人工島建設といった国際法違反の行動は阻止されていたと考えられる。玉突きの最初の一発は次々と連鎖反応を生んだ。日本の前途には暗雲が漂っている。(2022.04.04国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)

関連する投稿


人権弾圧国家・中国との「100年間の独立闘争」|石井英俊

人権弾圧国家・中国との「100年間の独立闘争」|石井英俊

人権弾圧国家・中国と対峙し独立を勝ち取った南モンゴル。100年におよぶ死闘から日本人が得るべき教訓とは何か。そして今年10月、日本で内モンゴル人民党100周年記念集会が開催される。


「習近平失脚説」裏付ける二つの兆候|長谷川幸洋【2025年9月号】

「習近平失脚説」裏付ける二つの兆候|長谷川幸洋【2025年9月号】

月刊Hanada2025年9月号に掲載の『「習近平失脚説」裏付ける二つの兆候|長谷川幸洋【2025年9月号】』の内容をAIを使って要約・紹介。


ヨーロッパ激震!「ロシア滅亡」を呼びかけたハプスブルク家|石井英俊 

ヨーロッパ激震!「ロシア滅亡」を呼びかけたハプスブルク家|石井英俊 

ヨーロッパに君臨した屈指の名門当主が遂に声をあげた!もはや「ロシアの脱植民地化」が止まらない事態になりつつある。日本では報じられない「モスクワ植民地帝国」崩壊のシナリオ。


自衛官の処遇改善、先送りにした石破総理の体たらく|小笠原理恵

自衛官の処遇改善、先送りにした石破総理の体たらく|小笠原理恵

「われわれは日本を守らなければならないが、日本はわれわれを守る必要がない」と日米安保条約に不満を漏らしたトランプ大統領。もし米国が「もう終わりだ」と日本に通告すれば、日米安保条約は通告から1年後に終了する……。日本よ、最悪の事態に備えよ!


日本人宇宙飛行士、月に行く|和田政宗

日本人宇宙飛行士、月に行く|和田政宗

今年の政治における最大のニュースは、10月の衆院選での与党過半数割れであると思う。自民党にとって厳しい結果であるばかりか、これによる日本の政治の先行きへの不安や、日本の昨年の名目GDPが世界第4位に落ちたことから、経済面においても日本の将来に悲観的な観測をお持ちの方がいらっしゃると思う。「先行きは暗い」とおっしゃる方も多くいる。一方で、今年決定したことの中では、将来の日本にとても希望が持てるものが含まれている――。


最新の投稿


宇宙人と東大病院|なべやかん

宇宙人と東大病院|なべやかん

大人気連載「なべやかん遺産」がシン・シリーズ突入! 芸能界屈指のコレクターであり、都市伝説、オカルト、スピリチュアルな話題が大好きな芸人・なべやかんが蒐集した選りすぐりの「怪」な話を紹介!信じるか信じないかは、あなた次第!


進化する自衛隊隊舎 千僧駐屯地に行ってみた!|小笠原理恵

進化する自衛隊隊舎 千僧駐屯地に行ってみた!|小笠原理恵

かつての自衛隊員の隊舎といえば、和式トイレに扇風機、プライバシーに配慮がない部屋配置といった「昭和スタイル」の名残が色濃く残っていた。だが今、そのイメージは大きく変わろうとしている。兵庫県伊丹市にある千僧駐屯地(せんぞちゅうとんち)を取材した。


【編集長インタビュー】参政党への疑問を徹底的に問い糺す|神谷宗幣【2025年10月号】

【編集長インタビュー】参政党への疑問を徹底的に問い糺す|神谷宗幣【2025年10月号】

月刊Hanada2025年10月号に掲載の『【編集長インタビュー】参政党への疑問を徹底的に問い糺す|神谷宗幣【2025年10月号】』の内容をAIを使って要約・紹介。


人権弾圧国家・中国との「100年間の独立闘争」|石井英俊

人権弾圧国家・中国との「100年間の独立闘争」|石井英俊

人権弾圧国家・中国と対峙し独立を勝ち取った南モンゴル。100年におよぶ死闘から日本人が得るべき教訓とは何か。そして今年10月、日本で内モンゴル人民党100周年記念集会が開催される。


異形の権力、石破政権の最期|青山繁晴【2025年10月号】

異形の権力、石破政権の最期|青山繁晴【2025年10月号】

月刊Hanada2025年10月号に掲載の『異形の権力、石破政権の最期|青山繁晴【2025年10月号】』の内容をAIを使って要約・紹介。