「灰色のサイ」
2020年11月、中国金融行政のトップの口から、不動産バブルに対する警告が発せられた。中国人民銀行党委員会書記で、中国銀行と保険業管理監督委員会主席の郭樹清氏は経済関連フォーラムの席上、こう発言した。 「不動産バブルは、いまやわが国の金融安全を脅かす最大の“灰色のサイ”となっている」 「灰色のサイ」は中国では近年よく使われる言葉の一つだ。動物のサイは普段はおとなしく見えるが、ひとたび暴れたら何をするか分からない。郭氏がこの比喩的表現を用いて語ったことは、中国の不動産バブルがひとたび弾けたら恐ろしい破壊力を持って金融を襲うことを意味している。
郭氏はさらに2021年3月、「多くの人々が、住むためではなく投資・投機のために不動産を購入している。極めて危険だ」と発言し、バブルを作り出した投資・投機的な不動産購入に再度警告を発した。
だが、人々が彼の警告に耳を貸さなかったのか、6月10日、業を煮やした郭氏は、まるで恫喝ともとれるような強い言葉でこう述べる。「不動産価格が永遠に下がらないことに賭けている人々は大きな代価を払うこととなろう!」
不動産バブルの膨らみに対する中国政府の強い危機感の表れである。
三つのレッドラインー恒大集団転落の始まり
習近平政権は、さまざまな政策手段を用いて不動産バブルの抑制に躍起だ。2軒目の不動産購入に対する制限は全国各地で以前から実施されていたが、政府の制限措置はついに不動産開発業者にも向かった。
中国人民銀行(中央銀行)は2020年夏、大手不動産会社に対して、守るべき財務指針として「三つのレッドライン」を設けた。 ①総資産に対する負債(前受け金を除く)の比率が70%以下
②自己資本に対する負債比率が100%以下
③短期負債を上回る現金を保有していること。
これらの条件を満たさない開発業者に対しては融資の制限を行う――実はこれこそが、恒大集団の転落の始まりだった。
これまで恒大集団は一貫して、借金をして不動産を開発し事業拡大を図り、さらに借金して以前の負債を返済しながら事業拡大を行うという「負債経営」の路線を突っ走ってきた。このようなビジネスモデルが成り立つ前提は二つ。
一つは開発した不動産が常に高値で売れること、もう一つは金融機関からお金を常に借りられること、である。
ところが、2020年あたりから不動産バブルにも翳りが見え始める。分譲物件が売れなくなったり、価格が下落する事態が全国各地で見られ、恒大集団の不動産販売も以前の勢いを失っていた。 そこへ人民銀行による先の「三つのレッドライン」が追い打ちをかける。「三つのレッドライン」の①と③をまったく満たしていない恒大集団は、金融機関による融資制限の対象となり、窮地に立たされた。
以来、恒大集団の資金繰りは苦しくなり、いまや債務の不履行で生きるか死ぬかの岐路に立たされている。そして、この「恒大危機」は単なる恒大一社の問題に留まらず、長年の中国不動産バブルの崩壊を予兆する歴史的大事件となりうる。