「米国による平和」は終わった|田久保忠衛

「米国による平和」は終わった|田久保忠衛

10年以内に中国は米国よりも強くなると見るドイツ人は56%に達しており、米国は頼みにならないので欧州の防衛に投資すべきだと考える向きは60%に及んでいる。


「米国による平和の真の終焉」との見出しの一文がフォーリン・アフェアーズ誌ウェブ版(6月13日付)に掲載された。筆者は欧州外交問題評議会会長のマーク・レナード氏だ。ロシアによるウクライナ侵攻の影響により、ドイツは防衛政策の大転換とロシアへのエネルギー依存漸減にかじを切り、日本も追随するかのように防衛費の大幅増額に踏み切った。両国とも「普通の国」への脱皮を志向するようになった、と明記している。米国はウクライナ戦争への直接介入を避けるなど内向きの姿勢を続け、ドイツと日本がその空白を埋めることになるが、これは短期的には摩擦を生むかもしれないものの、長期的には米国の国益にも国際秩序の安定にも一役買うだろう、とレナード氏は見ている。

日独は「普通の国」に

ドイツと日本は俄(にわか)に「普通の国」になったのか。東西両ドイツが統合した1990年に、ドイルのコール首相は自国が友好国やパートナー国に囲まれていると述べたが、このような認識は一変した。2022年1月の世論調査では、ドイツ人の50%以上がロシアのウクライナに対する態度は大きな軍事的脅威であると回答している。日本は2005年に中国とほぼ同額の防衛費だったが、現在は中国が日本の5倍、2030年までには9倍の差ができる。つまり、ドイツにとってはロシア、日本にとっては中国が脅威になって方向転換が行われたのは歴然としている。

レナード氏によると、日本は2017年に451億ドルだった防衛費を2021年には541億ドルに増やし、自民党は5年以内を目途に防衛費を国内総生産(GDP)の2%にするよう提言した。同時に、ドイツと同様、核兵器の使用に関する米国との協議に参加できないかという議論も持ち上がっている。このほか日本は、インド太平洋地域のうちでも特に豪州、インド、フィリピン、シンガポール、ベトナムとの安全保障関係強化を試みている。ウクライナ戦争は日独両国に生まれつつある変化の大きなきっかけになったにすぎない。

日独両国が米国に安全保障をこれまでのように依存しないかもしれないとレナード氏は指摘する。その傾向はドイツの最近の世論調査にも表れている。10年以内に中国は米国よりも強くなると見るドイツ人は56%に達しており、米国は頼みにならないので欧州の防衛に投資すべきだと考える向きは60%に及んでいるようだ。

不自然だった戦後体制

米国の外交・防衛上の関心はインド太平洋に向けられているが、経済的、軍事的な影響力は中国と比べて今後縮小する。その結果、日本は米国との伝統的な結びつきを強化しつつ、他方でそれを越えた多様な安全保障を求め続けるだろう、とレナード氏は予想している。戦前において、地理的にも、人口動態的にも、歴史的にも予想された通り地域覇権国になった日独両国に、戦後、平和主義を強制したのは「不自然」だった、と同氏は指摘している。「米国による平和」がついに終わり、「より協力的な地域安全保障の秩序」 が到来するという重大な局面に差し掛かっているとの自覚が日本に必要だろう。(2022.06.20国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)

関連する投稿


新総理総裁が直ちにすべきこと|島田洋一

新総理総裁が直ちにすべきこと|島田洋一

とるべき財政政策とエネルギー政策を、アメリカの動きを参照しつつ検討する。自民党総裁候補者たちは「世界の潮流」を本当に理解しているのだろうか?


トランプの真意とハリスの本性|【ほぼトラ通信4】石井陽子

トランプの真意とハリスの本性|【ほぼトラ通信4】石井陽子

「交渉のプロ」トランプの政治を“専門家”もメディアも全く理解できていない。トランプの「株価暴落」「カマラ・クラッシュ」予言が的中!狂人を装うトランプの真意とは? そして、カマラ・ハリスの本当の恐ろしさを誰も伝えていない。


慰安婦問題を糾弾する「日韓共同シンポジウム」の衝撃(東京開催)|松木國俊

慰安婦問題を糾弾する「日韓共同シンポジウム」の衝撃(東京開催)|松木國俊

日米韓の慰安婦問題研究者が東京に大集合。日本国の名誉と共に東アジアの安全保障にかかわる極めて重大なテーマ、慰安婦問題の完全解決に至る道筋を多角的に明らかにする!シンポジウムの模様を登壇者の一人である松木國俊氏が完全レポート、一挙大公開。これを読めば慰安婦の真実が全て分かる!


「核爆弾の奴隷たち」北朝鮮驚愕の核兵器開発現場|石井英俊

「核爆弾の奴隷たち」北朝鮮驚愕の核兵器開発現場|石井英俊

「核爆弾の奴隷たち」――アメリカに本部を置く北朝鮮人権委員会が発表した報告書に記された衝撃的な内容。アメリカや韓国では話題になっているが、日本ではなぜか全く知られていない。核開発を進める独裁国家で実施されている「現代の奴隷制度」の実態。


習近平「チベット抹殺政策」と失望!岸田総理|石井陽子

習近平「チベット抹殺政策」と失望!岸田総理|石井陽子

すぐ隣の国でこれほどの非道が今もなお行なわれているのに、なぜ日本のメディアは全く報じず、政府・外務省も沈黙を貫くのか。公約を簡単に反故にした岸田総理に問う!


最新の投稿


【今週のサンモニ】兵庫県知事選はメディア環境の大きな転換点か|藤原かずえ

【今週のサンモニ】兵庫県知事選はメディア環境の大きな転換点か|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。


なべやかん遺産|「ゴジラフェス」

なべやかん遺産|「ゴジラフェス」

芸人にして、日本屈指のコレクターでもある、なべやかん。 そのマニアックなコレクションを紹介する月刊『Hanada』の好評連載「なべやかん遺産」がますますパワーアップして「Hanadaプラス」にお引越し! 今回は「ゴジラフェス」!


【読書亡羊】闇に紛れるその姿を見たことがあるか  増田隆一『ハクビシンの不思議』(東京大学出版会)

【読書亡羊】闇に紛れるその姿を見たことがあるか 増田隆一『ハクビシンの不思議』(東京大学出版会)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


「103万円の壁」、自民党は国民民主党を上回る内容を提示すべき|和田政宗

「103万円の壁」、自民党は国民民主党を上回る内容を提示すべき|和田政宗

衆院選で与党が過半数を割り込んだことによって、常任委員長ポストは、衆院選前の「与党15、野党2」から「与党10、野党7」と大きく変化した――。このような厳しい状況のなか、自民党はいま何をすべきなのか。(写真提供/産経新聞社)


【今週のサンモニ】オールドメディアの象徴的存在|藤原かずえ

【今週のサンモニ】オールドメディアの象徴的存在|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。