【読書亡羊】本は体を表す 面白くなかった『枝野ビジョン』

【読書亡羊】本は体を表す 面白くなかった『枝野ビジョン』

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする週末書評。


もう一冊の政治家の「ビジョン」本

そもそもどうかと思うのは、タイトルである。

『枝野ビジョン――支え合う日本』……確かにわかりやすい。だが、昨年9月に自民党の岸田文雄氏が『岸田ビジョン――分断から協調へ』(講談社)なる書籍を出している。後から出して被せてくる、とはどういうわけか。

この岸田本、おそらく前々から準備していたのだろうが、安倍前総理の突然の辞任により総裁選が早まったことで、あえなく総裁選当日の発売となった。間に合わなかったのだ。

その「持ってなさ」に涙しつつ読んでみると、前半はいわゆる「理念」を並べてあり、そうそう面白くはない。が、さすがに長く外務大臣を務めただけあって具体的な成果や興味深いエピソードはある(核廃絶のための賢人会議の様子や、海外要人とのやりとりなど)。

また後半では若干の身内臭はするものの、「人間・岸田文雄」に焦点を当てたり、「宏池会」内のエピソードを綴ってもいる。ドライマティーニを作るべくシェーカーを振る石原伸晃も登場。ちょっと見てみたい光景だ。

「加藤の乱」の内幕やその後日談などは、ついつい読んでしまう内容だ。「みんなが知っているあの事件の裏側」を差しさわりない程度だが記しておく、ある種の読者サービスともいえる。また、「岸田って誰?」の声にお応えしようとの意図も感じられる。

一方、枝野本からは、本人の人となりも、党内の様子も伝わってこない。暴露話を読みたいわけではなく、「ああなるほど、枝野さんってこんな人なんだ」という情報に触れたいと思うのが人情ではないか。

これでは「そもそも枝野氏自身、党内の議員との交流がないのではないか」と邪推してしまうほどだ。

岸田ビジョン 分断から協調へ

有権者や読者は「利益」を求めている

枝野本のあとがきには〈あえてこの時期に、少し理屈っぽくて難しい、「理念」について記した本を世に問うことにした〉とこうした批判を先手で封じるようなことを書いている。わかっていて敢えてやっているなら何も言うまい。

ただ、有権者は「この議員、この政党を支持すれば、有権者である私にも何らかの利益がもたらされる」と思うから支持する。それは経済的利益とは限らない。

「自分の不満、思いをわかってくれている」「それを政治の現場で進めてくれる」「意外に柔軟で、人望のある人なんだ、じゃあもう少し応援してみようか」という期待でもいい。

支持した以上は何らかのおみやげが欲しいと思うのは「読者」に限らないのだ。

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