【読書亡羊】米国防次官が「クマよりドラゴンを警戒せよ」という理由  村野将『米中戦争を阻止せよ』(PHP新書)|梶原麻衣子

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その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


ぜひ台湾での刊行を

先日台北に行った際、書店を見て回ったのだが、「軍事」ジャンルの棚に「台湾有事」「米中危機」のような一般書はそれほど多くはなかった。「あった!」と思ってよく見ると、日本人筆者の翻訳本という例もあった。書店全体ではやはりビジネス書が多く、特に半導体大手NVIDIAの共同経営者で台湾系アメリカ人のジェンスン・フアンCEOの帯写真が目立った。

では台湾で有事への関心が薄いのかというとそうではないのだろう。街中には「防空避難」の張り紙があちこちに貼られていた。

日本では安倍元総理の「台湾有事は日本有事」との発言から、台湾有事の危険性が広く認知されるようになり、関心も高まった。元より指摘されていた米中対立の文脈とも相まって、一般書も含めかなり多くの関連書籍も刊行されている。

それに比べると台湾での「熱」は控えめだが、裏を返せばそれだけ一過性のブームではない、台湾有事の現実味が色濃いと言えるのかもしれない。

そんな台北行きの飛行機で読んだのが、村野将『米中戦争を阻止せよ――トランプの参謀たちの暗闘』(PHP新書)だ。

米ハドソン研究所上席研究員として、日米の安全保障政策、なかでも核ミサイル防衛政策を専門とする著者による一冊は、「夜市の屋台では何を食べようかな」の旅情も吹っ飛ぶ硬質な内容であった。

本書は台湾有事、米中対立は「起きるか、起きないか」の段階での話はしていない。「抑止が崩れ、中国が台湾進攻に踏み出したとき、日本はどうなるか」「核戦争に至る場合、どのようなシナリオがあり得るか」といったハードな議論を展開している。筆者(梶原)も、思わず機内で姿勢を正し、固唾を飲んで読み進めるほどであった。

ぜひ本書も翻訳されて、台湾の書店に並んでもらいたい一冊である。

米中戦争を阻止せよ トランプの参謀たちの暗闘

この内容が新書で読めるんですか

本書はアメリカの戦略コミュニティに属する村野氏が、多くの専門家との対話や自身の研究をもとに、台湾有事における考えうるリスクと、日本が認識しておくべき戦略についてコンパクトにまとめられている。

「日本には国家戦略がない」と言われて久しいが、2022年末にようやく政府が「国家安全保障戦略」を公表し、防衛費の増額も決定している。だがこれだけではまだまだ足りない。本書は前半で具体的な台湾有事、朝鮮半島有事との連動シナリオを解説し、核危機についてのケーススタディを提示する。そして最終章では、そうした事態を踏まえた個別具体的な提案も行っている。

さらには副題通り、アメリカのシンクタンク等に所属し、政権の意思決定に影響を及ぼすスペシャリストたちとの対談も掲載されているという充実ぶりで、この内容が新書で読めるとは驚きである。

本書を通じて改めて気づかされたのは、ウクライナと台湾の違いである。何かと比較されるロシアのウクライナ侵攻と中国による台湾進攻だが、当然、同一視はできない。

なかでも地形的な違いは大きく、ウクライナは他国と陸続きであるために、戦争が始まってからも、住民が避難したり、武器などの物資を受けたりすることができている。だからこそ長く戦い続けていられるわけだが、台湾の場合はそうはいかない。海上封鎖をされてしまえば、台湾人は他国へ退避することもできず、支援物資や装備品を受けることもままならない。

しかもロシアのウクライナでの戦いぶりを見ている中国は、同じ失敗を繰り返さないように、短期間で決着がつくような烈度(苛烈さの度合い)の高い戦いをはじめから展開する可能性もある。

村野氏は本書で次のように述べる。

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書評 読書亡羊 梶原麻衣子

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