北京ジェノサイド五輪をボイコットせよ|島田洋一

北京ジェノサイド五輪をボイコットせよ|島田洋一

東京オリンピック開催支持を表明したアメリカ。そのアメリカでは、2022年北京冬季オリンピックの開催地変更、さらにはボイコットを求める声が、有力保守政治家を中心に高まってきた。バイデン政権が今後仮に、超党派の支持のもと北京五輪ボイコットを打ち出し、日本が同調を渋った場合、日米関係にヒビが入ることは避けられないだろう。


ここで、アメリカのジミー・カーター政権(民主党)が主導し、日本を含む65カ国がボイコットした1980年のモスクワ五輪のケースを見ておこう。  

なお、モスクワに選手団を送ったものの、開会式でも表彰台でも自国の国旗を掲げず、抗議の意思表示とした国も15を数えた。  

ここで特筆すべきは、当時、反ソ的姿勢を取っていた中国もボイコットに加わっている事実である。  中国政府は現在、「スポーツの政治問題化はオリンピック憲章に背く」と各国の動きを牽制しているが、主催国の行為がある一線を越えた場合、ボイコットも正当化されるとの立場を、自らの行動によって示した過去があるわけである。  

さて、以下、当時カーター大統領の補佐官(国内問題担当)だったスチュアート・アイゼンスタットの優れた回顧録や関連資料をもとに、モスクワ五輪ボイコットに至る経緯を追っておこう(Stuart E. Eizenstat, President Carter: The White House Years, 2018)。  

オリンピックの開催地をモスクワから他に移すべきとの主張は、人権団体を中心に数年来行われていた。しかしボイコット論が一気に噴出したのは、1979年12月27日のソ連軍によるアフガニスタン侵攻を契機とする。  

当初カーター政権は、ソ連指導部が軍の撤退方針を明確にするなら五輪には参加するとの姿勢で、事態の推移を見守った。  

しかし撤退の動きが見えないため、カーターはブレジネフ書記長に書簡を送り、五輪開催を1年延期したうえで、その間にソ連軍がアフガニスタンから撤退すれば米国選手団をモスクワに送るという妥協案を提示した。

アフリカ諸国を回ってボイコットの必要を説いたモハメド・アリ

ソ連側はこの提案も無視した。そこでカーターは政権幹部を集めて改めて方針を協議し、「いまから五輪全体をどこか他の場所に移すのは無理だ。モスクワ以外で分散開催するしかない。ギリシャを恒久開催地とすることも考えていくべき」との考えを示した。  

側近の間からは、五輪までまだ半年以上あるのでもう少し様子を見たらどうかとの声も出たが、カーターは「はっきり確認しておくが、モスクワでオリンピックが開催される限り、我々は行かない」と明言したという。  

アスリートやスポーツ好きの国民には打撃となるものの、ソ連指導部の権威に与える打撃はそれ以上に大きいというのがカーターの判断だった。  

この時、カーターはじめ政権幹部誰もの頭にあったのは、1936年のベルリン五輪にアメリカが参加して、結果的にヒトラーの宣伝に利用され、ナチスを怪物化させる一助となった「恐るべき実例」だったという。  

もっとも、カーターは同時に、五輪出場を夢に描いて人生を懸け、苛酷なトレーニングを積んできたアスリートたちを絶望に追い込まないため、代替開催地を必ず用意せねばならないとも強調した。  

1月20日、カーターは正式に、ソ連軍が1カ月以内にアフガニスタンから撤退しなければ、アメリカはモスクワ大会に参加しないとの声明を発した。代替大会を準備するためにも、それ以上決断を先送りすることはできなかった。アメリカ政府に続き、カナダ政府も同様の方針を明らかにした。  

この間、米議会がボイコットを支持する決議を超党派で通して後押ししたことも、政権が意思を固めるうえで大きかったという。  

アンドレイ・サハロフはじめ著名なソ連の反体制活動家や知識人から、五輪ボイコットは虐げられたソ連国民を鼓舞する重大な政治的、イデオロギー的メッセージになる、とアメリカはじめ各国政府に決断を促す声も寄せられていた。  

プロボクシング・ヘビー級のレジェンドで五輪出場経験も持つモハメド・アリのように、アフリカ諸国を回ってボイコットの必要を説き、カーター政権をバックアップしたアスリートもいた。  

こうしたなか、選手や関係者を代表する立場の米国オリンピック委員会も、最終的に苦渋の決断で、モスクワ五輪不参加を宣言した。

代替大会の準備を進めよ

アメリカの方針は決まったが、しかしアメリカのアスリートだけに辛い思いをさせるわけにはいかない。これ以後、カーター政権は同盟各国に対し、一段と強く同調を求めていくことになる。  

カーターおよび政権幹部は、演説やインタビューなど様々な機会を通じ、「モスクワ五輪への参加は非倫理的であり、スポーツマンシップに反する」とのメッセージを国際的に発していった。  

なかでも、「四つの最も影響力ある国、すなわちアメリカ、中国、西ドイツ、日本」が不参加を決めたことが決定的な意味を持った、とアイゼンスタットは言う。  

代替大会については、ボイコット参加国が集まり、「自由の鐘クラシック」の名で、米国フィラデルフィアにあるペンシルベニア大学で陸上の国際大会が実施された。他にも、総称して「オリンピック・ボイコット・ゲームズ」と呼ばれる各種競技の国際大会が分散開催された。胸を張って参加したアスリートも多い。  

内容も充実していた。「自由の鐘クラシック」に参加した国々の前回モントリオール大会における獲得メダル数を合わせると、全体の約7割を占めており、実質的にはこちらのほうが五輪と呼ぶにふさわしかった。モスクワ五輪は、ソ連と東ドイツがメダルをほぼ独占するローカル大会と化して終わった。  

2022年においても、日米欧を中心に先進自由主義国がこぞって代替大会のほうに参集すれば、間違いなく北京五輪を凌ぐ内容になる。  

なお、五輪ボイコットは何もモスクワ大会が最初ではない。1976年モントリオール五輪においても、アパルトヘイト政策を取る南アフリカに遠征してラグビーの試合を行ったニュージーランドをIOCが追放しなかったとして、24カ国が抗議のボイコットをしている。  

モスクワ五輪に関しては、注目すべきことに、当時最も先鋭な反米政権だったイランも、同じイスラム国で隣国のアフガニスタンへの侵攻は許せないとして、大会をボイコットしている。  

ならば、やはりイスラム教徒たるウイグル人の虐待も座視できないはずだろう。  

北京五輪は、今後ますます「ジェノサイド五輪」の名で呼ばれるようになる。ベルリン以上に悪名高いものとして歴史に残るだろう。  

もはや代替大会の準備に入るべき時である。我々の先人は、モスクワ五輪不参加に踏み込むと同時に、ボイコットをボイコットだけで終わらせず、前向きの姿勢で「自由の鐘クラシック」 を構想し成功させた。その叡智と勇気に学び、あとに続かねばならない。(初出:月刊『Hanada』2021年5月号)

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