中国の“属国”ですら拒否
中国は2月以降、パキスタンを皮切りに、チリ、ブルネイ、ネパール、フィリピン、スリランカ、モンゴル、パレスチナ、ベラルーシ、シエラレオネ、ジンバブエなど10カ国以上で無償ワクチン支援を進め、次々に中国製ワクチン接種が開始される。さらに38カ国が中国にワクチン支援を求めており、少なくとも50カ国以上の国家が中国製ワクチンを頼りにしているという。
また、COVAXを通じて中国製ワクチンを世界各国に提供する姿勢を強調している。治験に参加し、中国製ワクチン開発に協力した国としてはアラブ首長国連邦、モロッコ、インドネシア、トルコ、ブラジル、チリなどがある。
こうしてみると、世界の途上国のほとんどが中国製ワクチンに依存しつつある。
だがいまのところ、このワクチン外交がすばらしく成功しているかというと、そうではないようだ。 たとえば、シンガポールのシンクタンク・ヨセフ・イサック研究所がASEAN10カ国の研究者、官僚、ビジネスマンら1000人あまりに対して行った調査によれば、回答者の44%が「このパンデミックにおいてASEAN地域に対する中国の支援は日本や欧米を越えている」と認めているにもかかわらず、「米国と中国とどちらを信頼するか」という質問には61%が米国を選択した。
また、63%の回答者が「中国は信用できず、中国の世界に対する貢献を拒絶する」と答えている。この対中不信の割合は、2019年の同様の調査より高い。
中国の“属国”とまで言われるほど経済的に中国依存が進んでいるカンボジアのフン・セン首相ですら、昨年末に中国製ワクチンについて不信感を丸出しにして、「WHOが承認しないワクチンは購入しない」と言い、WHOの承認をまだ得ていない中国ワクチンについて、「カンボジアはゴミ箱じゃないし、ワクチン試験場でもない」と直言していた。
中国が東南アジアにワクチンを強引に売りつけようとしていることへの不信感の表れだ、と当時大きく報じられた。
結局、2月10日になって、カンボジアもシノファームの不活化ワクチンの接種が軍部主導で始まったが、フン・センの当時の発言は、東南アジア諸国首脳の本音だったかもしれない。
中国人自身もワクチン外交に微妙な反応
英国の市場調査会社YouGovが17カ国1万9000人を対象に、異なる12カ国が開発したワクチンに対する印象評価を調査したところ、中国はイランについで下から2番目。下から3番目はインド、下から4番目はロシアだ。トップ評価は上からドイツ、カナダ、英国だった。
中国製ワクチンにプラス評価をつけた国は、中国自身(+83)のほかはメキシコ(+16)、インドネシア(+5)だけだ。中国製ワクチンに一番評価が厳しい国は、デンマーク(-53)、オーストラリア(-46)。
香港も、なまじっか中国のワクチン禍事件をよく知っているだけに、中国ワクチンへの信頼性は低い。YouGovの調査では(-20)。香港大学の民意調査では、「香港人にワクチン接種を受けたいか」 「どのワクチンを受けたいか」というアンケートで、「ワクチン接種自体を受けたい」という回答は46%、「どのワクチンを受けたいか」という選択肢では、ファイザー・ビオンテックのワクチンが56%、アストラゼネカが35%、コロナバックは29%と一番低かった。ちなみにYouGovの調査では、日本はワクチン開発国としても、評価者側にも含まれていない。
中国人自身も、中国共産党政府によるこのワクチン外交に微妙な反応を示している。
武漢の感染者遺族でもある張海はラジオフリーアジア(RFA)のインタビューに答えて、「中国政府が国内で十分にワクチン保障ができていないのに、海外に無償援助でワクチンを送るなんて全く理解できない」と訴えている。 「ワクチンを外国に援助する余裕があるのなら、中国の経済に投入すべきではないか? なぜ自国民の待遇を改善しないのか? 外国援助に大枚を払い、私たち、感染者遺族や被害者は完全に無視している」
一般に、世界的範囲でワクチンを生産できる国は、まず自国民接種を優先し、次に第三国に販売、最後はCOVAXに提供する。それが、民主国家の常識的な判断だ。
だが中国は、最初にWHOの安全審査も迂回して、パキスタンやチリのような途上国に対し、中国製ワクチンの「無償援助」を行う。これは、中国の野望である中華秩序で支配する新たな国際社会の枠組みに向けた布石のワクチン外交だとみられている。
習近平政権の認識は、いまの時代が100年に一度の変局の時であり、これまでの米国一極世界が終わり、新たな国際社会の枠組みが再構築される時代だというものだ。そして新型コロナパンデミックが終わったポストコロナ時代こそ、中国が基軸となる新しい世界が広がる、というのがいわゆる「中華民族の偉大なる復興という中国の夢」という習近平のスローガンなのだ。