日本人社員とその家族たちが中国で「人質」となる日|佐々木類

日本人社員とその家族たちが中国で「人質」となる日|佐々木類

外資の国外逃亡が加速して経済的に追い詰められた中国が態度を硬化させ、日系企業への締め付けを強めれば、中国在留約12万4000人の日本人の生命と財産が脅かされかねず、帰国もままならなくなれば事実上の「人質」となる。日本の中国進出企業はこのことにあまりに無頓着であり、無警戒すぎる!  


国内法を恣意的に運用

恐ろしいのは「人質」ばかりではない。法律の壁もある。  

ジェトロ(日本貿易振興機構)が日系企業を対象に行った海外ビジネス調査によると、中国におけるビジネス上のリスクには、政情、人件費の高騰、法制度、知的財産、代金回収が挙げられる。  

中国経済に詳しい評論家の宮崎正弘氏は自著『中国から日本企業は撤退せよ』(阪急コミュニケーションズ)のなかで、「中国特有の官僚システムの非合理、セクト主義に小突き回された揚げ句、軌道に乗った日本企業のテナント料をいきなり3倍にするなど、合法的に無謀な条件を突き付けてゆすられる」ケースもあると語っている。  

ひとたび経営が悪化し、中国からの撤退や東南アジア諸国への移転を検討する段になると企業の前に大きく立ちはだかるのが、中国の法律の壁なのだ。共産党を後ろ盾とした合弁企業や地方政府が、国内法を恣意的に運用して、過剰な補償金をふっかけてくるケースも少なくない。  

少し古いが、中国でダメージを受けた企業のなかで表沙汰になったケースを紹介したい。2015年11月に事業撤回したNTTコミュニケーションズ(NTTコム)の例だ。  

同社は中国でのデータセンターの運営計画を立てていた。しかし、当初許認可が不要だったにもかかわらず、中国政府が突然、免許制に移行すると告知したことで、単独での参入が困難になってしまったのだ。  

サーバーを企業に貸し出すデータセンターを上海に建設し、当初は14年11月にサービスを開始する予定だった。事業化に先立ち、政府関係者や現地の法律事務所と折衝した結果、開設に伴う特別な事業免許などは不要との回答を得ていた。  

だが、15年1月に情報通信産業を所管する中国の省庁が突然、データセンター運営には免許が必要だと通知してきたため、NTTコムが中国当局の意向を確かめたが、この時点で事業化は困難だと判断した。当時NTTコムは、米エクイニクスやKDDIなどに先駆けて世界で初めて独自資本で上海にデータセンターを開設する計画だった。  

中国の通信行政に詳しい関係者の話によると、電話やインターネットなどの回線を使う通信事業は以前から免許制だったが、データセンターの運営に関する免許は存在していなかったという。 「中国では日によって規制が変わったり、役所の窓口ごとで解釈が変わったりすることもある」(2015年11月6日付産経新聞)  

注目したいのは、中国当局が突然免許制を通告してきた時期だ。  

日本では民主党の野田佳彦政権が尖閣諸島の国有化を決め、中国全土で愛国無罪を旗印に反日デモが吹き荒れるなど、対日感情が悪化し、それが尾を引いていた時期である。中国当局による嫌がらせだった可能性は捨てきれない。  

尖閣諸島に対して、中国は年々挑発の度を強めている。今後、さらに緊張が高まり、中国当局に煽動された反日デモや暴動が、いままで以上に吹き荒れる可能性もある。中国にいる日本人従業員や家族の安全を企業側は本当に守れるのか。

日本企業の「夜逃げ」が増加

中国から撤退をした企業は、中国情報サイト「21世紀中国総研」によると、サントリーやカルビーなど100社を超える(2015年1月~17年8月)。なかでも大規模な撤退をしたのが、中国に60あまりの子会社を抱えていた東芝だ。  

白物家電の開発、製造、販売を行う東芝ライフスタイルは、株式の80・1%を中国の美的集団に譲渡し、東芝ライフスタイルの社名を維持したまま製造、販売を継続、美的は白物家電の東芝ブランドを40年間使用する契約で、中国の美的集団グループ企業となった。まるまる中国を儲けさせた形である。  

神戸製鋼所も、合弁相手に一任していた債権回収の焦げ付きが発覚して合弁を解消した。任天堂は、家庭用ゲーム機「ニンテンドースイッチ」の生産ラインの一部を中国からベトナムへ移管すると発表。米国による対中制裁関税にゲーム機などが含まれるためだ。制裁の発動はいったん回避されたが、米中両国の通商関係は不安定なままで、生産体制を見直してリスクを抑える狙いという。  

何しろ大手だけで100社以上が事業縮小や撤退、移転しているから失敗の事例は枚挙に遑がない。

台湾や韓国企業の場合、解散や清算など中国国内法に則った正式の手続きをとらずに、ある日突然、経営者が帰国してしまう「夜逃げ」型が多いとされる。近年の特徴は、日本企業にも「夜逃げ」型が増えていることだ(国際弁護士 村尾龍雄の『今が分かる!!』アジア情報)。  

14年には中国・華東地区の日系企業が50人ほどの従業員の2カ月分の給料を未払いのまま引き払い、村の開発区から弁護士費用は払うから何とか助けてくれという相談の連絡がきたことがあったという。  

先述の宮崎氏は、同著でこう述べている。

「日本企業は、悪意、裏切り、猜疑心のかたまりの人々が鎬を削る戦場へ行く場合、それなりの打算、最悪のシナリオに遭ったときのマニュアルを持たないといけない。そういう熱気をはらんだ準備も心構えもなく、単に『バスに乗り遅れるな』と安易に中国へ進出すること自体がそもそも無謀である」

日本企業は撤退の勇気を

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