零細企業の倒産が日本にとってプラスな理由|デービッド・アトキンソン

零細企業の倒産が日本にとってプラスな理由|デービッド・アトキンソン

厚生労働省の調査によると、このコロナ禍の影響で仕事を失った人は、見込みも含め、製造業では1万人を超えたという。しかし、目先の数字に一喜一憂してはいけない、大事なのは数字の「中身」だと、デービッド・アトキンソン氏は説く。 伝説のアナリストが、中小企業神話の嘘を暴く!


先述したネット記事は、5月末まで緊急事態が続いた場合、44%の中小企業が「乗り切れない」と回答しており、中小企業庁のデータでは中小企業の数は357・8万社、従業員3220万人なので、そのうち44%が倒産・廃業した場合、157万4000社が倒産、約1420万人の失業者が出ると試算しています。  

もっともらしいですが、この試算には大きな落とし穴があります。それは、「中小企業」には中身が全く違う中堅企業と小規模事業者があるにもかかわらず、一括りにしてしまっていることです。

中堅企業と小規模事業者では、事業規模や平均従業員数に大きな差があり、一緒くたに論じることはナンセンスです。

たとえば、「失業者1400万人説」では1社あたりの平均従業員を九人で計算していますが、これは中小企業全体で見たときの平均です。

しかし実際には、中堅企業の平均従業員数は41・1人、小規模事業者は3・4人で、10倍以上も差があります。  

2019年の中小企業白書によると、2016年のデータで日本企業数359万社のうち大企業は1・1万社のみ。それ以外は中小企業として扱われますが、中小企業の内訳を見てみると、中堅企業は53万社で全体の14・8%、小規模事業者は304万社で、全体の84・9%でした。  

つまり、数のうえでは、日本の企業のほとんどが小規模事業者なのです。  

エヌエヌ生命保険のアンケートには7228名の中小企業経営者が回答としたといいますが、おそらく、ほぼ全員が小規模事業者、零細企業の経営者だと思われます。  

これから倒産などが起きるとしたら、中堅企業は稀なケースで、ほぼ全てが小規模事業者となりますから、平均従業員数9人を使うのは間違いです。  

失業者の算出を小規模事業者だけに絞り、平均従業員数3・4人で改めて計算すると、次のようになります。  
倒産=133万社  
失業者=452万人

経済の足を引っ張る「犯人」

「それでも、かなりの倒産、失業者が出るじゃないか。大変な事態だ!」  

そうおっしゃる方がいるかもしれません。  

たしかに、倒産133万社、失業者452万人という数字だけ見れば只事ではありません。しかし、安倍政権の間に、生産性年齢人口が大きく減っているのに、雇用は371万人も増えています。失業した人が永遠に失業したままということもあり得ませんし、先ほども申し上げたとおり、大事なのは数字の「中身」です。

私は、それでも日本経済にはそれほど影響はない、それどころかプラスの面もあると考えています。  

拙著や寄稿などで繰り返し主張していることですが、日本の生産性が向上しないのは、小規模事業者が多いことに原因があります。

小規模事業者は賃金も安いし、従業員も大勢抱えられないため、従業員一人ひとりに対する依存度が高く、余裕がないから休みも取れない。育休や時短ワークもできないから、女性の活躍も進みません。

こんな状態では、たとえ素晴らしい技術を持つ会社であったとしても輸出なんてできるはずがない(ただ、分析をすると、素晴らしい技術を持っている中堅企業は多いですが、小規模事業者の場合は稀です)。  

小規模事業者が生産性の足を引っ張っていることは、国際比較の統計からも明らかです。中小企業の定義は国によってさまざまなので、ここでは従業員20人未満の会社と定義します。20人未満の会社で働く労働者の比率と先進国の生産性の関係を分析すると、相関関係がなんと0・93。ほぼ完璧な相関が見られます。  

つまり、小さな会社に勤めている人の割合が高い国ほど、生産性が低いのです。  

しかも、小規模事業者の経済の貢献度は低い。国の付加価値のなかで、大企業は47・1%、中堅企業は38・9%なのに対し、小規模事業者は14%、1割ちょっとです。  

私が、「小規模事業者が倒産してもそれほど問題ない」と主張している理由はここにあります。小規模事業者は従業員の賃金も低く、不適切な節税によって税金もほとんど納めていませんし、右のデータが示すとおり、経済への貢献度は低い。倒産したとしても、それほどの影響はないのです。

企業数=雇用ではない

そう言うと、こう反論する人がいます。 「小規模事業者が潰れたら、雇用の受け皿がなくなる。失業者で溢れるぞ!」  

これも多くの人が勘違いしていることですが、企業数と雇用は必ずしもイコールではありません。  たとえば、1999年から2016年の間に、小規模事業者を中心に日本企業は126万社減っていますが、就業者数は逆に増加しています。  

いま、「中小企業を守れ!」と声高に叫んでいる人がいますが、20年前からずっと減り続けているのです。雇用に対する影響はありません。  

先述したように、安倍政権の間に企業の数は継続的に減っているのに、雇用は371万人増えています。  

詳しく分析してみると、小規模事業者の下で働いていた人々が、中堅企業に移動していることがわかりました。零細企業で働いていたときよりも付加価値の高い仕事に就くようになり、中堅企業は生産性が向上、より多くの人を雇えるようになり、雇用が増加したのです。  

小規模事業者が減少し、雇用は増えるという現象が20年ずっと続いており、コロナ・ショックで、このトレンドが変わるとは思えません。  

仮に452万人の失業者が一時的に出たとしても、堅実経営の中堅企業が受け皿となってくれるでしょう。賢い中堅企業の経営者は、すでに優秀な人材確保を進めていると思います。  

小規模事業者が減ることによるメリットはそれだけではありません。  

製造業、建設業、小売業など企業数が減っている業種ほど生産性が上がっているだけではなくて、不思議なことに付加価値総額も増えているのです。

生産性は付加価値を従業員数で割ったもの。企業が倒産し、雇用が減り、付加価値があまり変わらなければ、当然、1人あたりの生産性は上がります。しかし、そうではなく、付加価値の絶対額が増えているのです。  

一般的に、企業数が減るとGDPに悪影響が出ると言われていますが、なぜこのような逆なことが起きるのか。  

慢性的な過当競争がなくなり、収益性が改善。人を雇えるようになったことで企業規模が大きくなり、社内の分業制も進み、1人ひとりの専門性が高まり、生産性が向上したと考えられます。

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