本書を一言で要約すれば、オーストラリアに対する中国共産党の影響工作を体系的に解説したものといえます。たとえば、一章を割いて、政治面での工作に、どのような人物がどれくらい多くの献金をしていて、なぜ労働党や自由党はそれを受け取っているのか、献金者たちの中国共産党との関係はどのようなものかを具体的に明らかにしています。
さらには、中国共産党がオーストラリアの大学や研究機関に大きな影響を行使している実態も解説しています。大学には中国からの留学生が多数いるため、中国共産党が嫌う台湾問題やチベット問題その他、微妙な争点に関して発言する言論の自由が侵害されるという重大な問題が発生しています。
また、中国共産党がオーストラリアの実業界にどのような影響を与えているかも検証しています。彼らはまずオーストラリア財界に「友人」を作って、彼らに共産党のスピーカーになってもらうやり方を取っています。
100万人超の中国系移民コミュニティ
本書全体を通して説かれているのは、中国の統一戦線工作の危険性です。オーストラリアには中国系移民が多く、100万人を超えるコミュニティがあり、なかにはすでに第三世代、つまり最初に移民してきた世代の孫にあたる世代や、それ以上の長い定着の歴史を持つ家族もいます。
問題なのは、ここ二十年くらいの間に中国本土から移民してきた人々です。もちろん彼らの全てとは言いませんが、なかには北京の中央統一戦線工作部に協力する団体を作り、あるいは既存の中国系団体に入り込み、組織の主導権を奪取する者もいます。
ここで、統一戦線工作について簡単に説明しておきます。これは北京の影響力を世界に広げるネットワークで、主に北京の中国共産党中央統一戦線工作部という部局が担当しています。
彼らは、海外に住む華僑が組織した団体に対して影響力を行使するわけです。そのなかのいくつかの団体はオーストラリアの政界、財界、そして大学などに影響を与えようと積極的な活動をしています。これはオーストラリアだけでなく、注意すべきは日本でも同じことをやっているということです。
こうした統一戦線工作の全体像が手に取るように見えてくるのが、本書の大きな特徴です。これまでにも何人かの優秀なジャーナリスト、たとえば本書でもたびたび引用しているジョン・ガーノート(シドニー・モーニング・ヘラルド紙記者)などは北京での滞在歴も長く、オーストラリアで行われていた工作の側面を素晴らしい調査力で暴いています。ですが、奇妙な巡り合わせから、その全体像を描き出す仕事は、私に任されることになったのです。