①商標の件
いつまでグダグダとくだらぬことを言っているのか。『WiLL』立林昭彦編集長のことだ。
「『WiLL』の商標が取れた」とか「『WiLL』の旗が守られた」とかを嬉しそうに12月号の「編集長から」に書き連ね、「そのような不法行為が法治国家で許されるハズがありません」と、あたかも、『Hanada』が不法行為をしたかのように書いている。
同社のホームページにも「謹告『WiLL』誌名争奪戦の内幕」なるデタラメな報告が載っている。
こんなくだらぬことに取り合うのは時間のムダ。黙殺しようと思ったのだが、誤解する読者がいるやもしれないので、正確ないきさつを記録しておく。
なぜ、『WiLL』編集部全員とDTP担当者が、飛鳥新社に全員で移ったかは、当時、ブログに書いたものを増補して別稿②として上げているので、興味のある方はそちらもご覧いただきたい。
さて、タイトルのいきさつ。
飛鳥新社に移籍が決まって、タイトルをどうするか。本来、ぼくが考えたタイトルだし(デザインも)、鈴木社長は当初、「編集部ごと移って他社でやってくれ」という話だったから『WiLL』というタイトルも移るハズだった。
ところが、鈴木社長が突如、話を変え、『WiLL』は渡さないと言い出した(この件も別稿②参照)。
しかたない。何か新しいタイトルを考えねばならない。念のため商標登録を調べてみた。すると驚くべきことに『WiLL』の商標登録は10年という期間を過ぎ、猶予期間の6ヶ月も過ぎていた。つまりWAC社はその時点では商標登録していなかったのだ。
で、飛鳥新社はすぐに登録を申請した。商標登録は先願権が認められている。つまり先に出した方に落ちるのだ。当然、一定の審査期間を過ぎれば『WiLL』という商標は飛鳥新社に落ちることになる。
あちらが麗々しく掲げているぼくの名刺はその時点で作ろうとしたものだ。
ところが、その過程で『WiLL』というタイトルは別な業種の会社が登録していることが判明した(同業種でない限りこういうことが認められる)。
つまり、鈴木社長はその程度のチェックすらしていなかったのだ。
で、飛鳥新社は顧問弁護士を通じその会社と譲渡交渉を始めた。
そこにこの移籍騒動を取り上げた『週刊新潮』(16年3月31日号)の記事が出た。
するとその社は「ゴタゴタに巻き込まれるのは困るから交渉は打ち切りたい」と通告してきた。その判断は当然だろう。
飛鳥新社としては新しい誌名を考えるしかない。『月刊Hanada』という誌名は、社長の発案で、ぼくはさすがにおこがましいとも思ったが、読者に少しでも早く知っていただくために、この誌名になったというわけだ。
だからWAC側がホームページ上に麗々しく掲げている『NEW WiLL』の名刺なんか一度も使ったことがない。
いったい、この、どこが不法行為なのか。立林編集長、商標登録に関するそんないきさつを鈴木社長から知らされていなかったのだろうか。
2年も経って、こんなことに拘って、お得意の人の悪口を言っているヒマがあったら、立林編集長、少しは企画を練り、誌面の充実でも考えたらどうだ。
ついでに書いておくが、表紙から本文レイアウトからほとんど、ぼくが考えた時のまんま。レイアウトやデザインにも少しは頭を使ったらどうか。
②移籍の経緯
『週刊新潮』(2016年3月31日号)のワイド特集で『WiLL』集団移籍の件が取り上げられた。入社3年目という若い記者が日曜夜、トツゼン自宅に来た。
コメントとして使うなら事前にチェックさせるという条件で取材に応じた。
若い記者の熱意に打たれ、きちんと説明したつもりだが、チェック済みのぼくのコメント(これはチェックした)の後に〈にわかに信じ難い説明〉と書かれ、全否定された。
よほど若い記者に抗議の電話をしようと思ったが、どうせデスクあたりがつけ加えたと見当がつく。若い記者の熱意に免じて黙っていた。
その記事にはワック関係者なる人物のデタラメな話が長々と書き連ねられていた。
〈「社長が年齢も考慮して花田さんに『一線を退いて編集主幹の肩書では』と打診したところ、あくまで現場にこだわる彼が怒り出してしまった結果、こうなったのです」〉