ところがこれに水を差す動きもありました。2月8日に首相官邸ホームページに掲載した文書にあった〈蔡英文総統閣下〉の文字を、その日のうちに削除したというのです。これについて2月13日、元民進党で現在希望の党である源馬謙太郎議員が質問主意書を出し、「なぜ台湾総統宛だったのに、宛名を削除したのか」と政府に尋ねたのです。
同日、菅官房長官は記者会見で「蔡英文総統閣下」の宛先を削除したことを認め、その理由を「より広く台湾の皆さんへのメッセージとして掲載することが適当だと判断して変更した」と説明しました。
これが中国の圧力なのか、外務省・チャイナスクールの「忖度」なのか、あるいは自民党内の親中派によるものなのか、自粛なのか、そのすべてなのかは分かりません。しかし何と肝の小さいことか。地震という、日台双方が見舞われる不幸な体験を共有し、互いに助け合おうという時に邪魔をする。中国はほくそ笑んでいることでしょう。
しかしこのような自主規制で中国の意に沿うようなことばかりするのは役人や政治家だけではありません。
本誌2018年3月号で水野靖夫さんが「『広辞苑』は偏向、有害図書」という記事の中で指摘しているように、岩波書店が出版した『広辞苑』では、台湾を「台湾省」と記載しています。
これに対し、台北駐日経済文化代表処をはじめとする多くの団体が、新しく出る第7版では記述を改めるよう求めたのに対し、岩波書店は〈『広辞苑』のこれらの記述を誤りであるとは考えておりません〉として修正を受け入れませんでした。
言葉を定義する辞書を作る人間が、「台湾は『中華人民共和国台湾省』である」と事実と異なることを書いて憚らない。台湾人の存在を認めないかのような記述をして、それによって人権が侵害されている本人たちから抗議があっても一顧だにしない。これは言葉や言論を扱うプロとして恥ずべき態度ではないでしょうか。
「謝謝羅馬人!」
一方、2月8日、台湾で行われたエアコンの発表会に参加した俳優の阿部寛さんは立派でした。地震が発生した6日から台湾に滞在していた阿部寛さんは「つらく悲しい思いです」とのお見舞いと、現場で不明者の救出にあたるレスキュー隊員らに対して「大変だとは思いますが頑張って欲しい。1日も早く平穏な生活が戻ることをお祈り申し上げます」と労いの言葉を述べたと言います。
報道によれば、この時、現地のイベントスタッフからは「地震の話はちょっと……」とたしなめられたそうです。「新商品お披露目に地震被害など縁起が悪い」と思ったのか、華々しい雰囲気に水を差されると思ったのかはわかりませんが、これまたずいぶん肝の小さい話。
対して阿部さんは「いまこの話をしないで、何を話せばいいんだ」と言ったと言いますから、小さいことを気にしない、そのスケールの大きな姿勢に心から拍手を送りたい。
それだけではありません。阿部さんは、イベント終了後には、1000万円を台湾に寄付すると述べたのです。額の大きさもさることながら、寄付を公表したことが報じられ、日本での支援拡大の呼び水にしようという思いもあったのでしょう。
阿部さんの振る舞いに、台湾人は大喜び。阿部さんが「ローマ人」役で主演した映画「テルマエロマエ」は台湾でも大人気でしたが、これになぞらえてネット上には多くの台湾人が「謝謝羅馬人(ありがとう、ローマ人)」と書き込んだと言います。先に触れたように、台湾メディアも大きく取り上げました。
(※後日、台湾代表処を訪れた阿部寛さん)