トランプは原因ではなく結果
少し前まで「経済と政治は切り離して、政治上の問題はあっても経済面では協力して豊かになりましょう」という切り分けもできていたはずだが、「使えるものは何でも使って、経済的にも政治的にも他国よりも有利な状況でいなければならない」という発想に切り替わってしまったのはなぜなのか。もちろん、2010年の中国のように先んじて経済を武器化した国もある。
だが、当時は「禁じ手」の様相があった。ところが現在では、本来中国に「それは禁じ手では?」と問わねばならないアメリカ自身が経済を武器化している状況にある。
第3講ではアンドリュー・カピストラノ氏が〈トランプ時代の米国の地形学と国際関係〉で、なぜアメリカはこうした状況に至ったのかを時代をさかのぼって解説している。
実は経済の武器化はアメリカにとって今に始まったことではなく、その時々の状況に応じて経済的自由がアメリカの優位に役立つならそちらに立ち、そうでなければ経済の仕組みを使って優位性を作り出すということを繰り返してきたのだとわかる。
そして、トランプの登場は経済の武器化の原因ではなく、それが必要とされたからこそ現実のものとなったのだと指摘する。アメリカにとって、グローバルな社会は自国の持ち出しが多い一方、その負担によって栄え、得をしたのは自国以上に中国だったという事態に直面したためだ。
とはいえ、日本としては武器化の矛先がこちらへ向かってくるのではたまらない。第二次トランプ政権発足後、国際社会を揺るがせた相互関税の問題などは、その最たるものだろう。
日本はこの動きをどう見ればいいのか。山田哲司氏がコラムで触れているように、政府だけでなく各業界や企業も経済安全保障の観点から情報収集・分析の必要性を感じているという。だが、山田氏はそれだけではなく、アメリカ政府や議会を対象とするロビー活動の必要性にも言及している。
まさに経済安全保障は、政府や行政だけでなく企業、つまり民間も参画していかなければ成立しないということだろう。
中国の「彎道超車」
各国のルール、対応策はもちろん、新しい産業や物資、技術も関わってくる。特に今後は第8講で塩野誠氏が取り上げているAIの分野において、さらに熾烈な各国間の競争が起きることが予想される。
その中心は米中であり、AIの性能に大きく影響する半導体のような物資に加え、ツールとしてのAIも大きな影響を及ぼす。
具体的に言えば、「中国の意に沿わないような出力をしない生成AI」が安価だからと世界に普及すれば、ユーザーが受ける影響は計り知れない。思考や価値観までもがAIを提供する国の考え一つで変わってしまいかねないからだ。
第1講〈中国をめぐる地経学〉で江藤名保子・町田穂高両氏が触れているように、中国の施策には失敗もある。だが後からブーストをかけて先進国を追い越すさまを表す「彎道超車(カーブで他の車を追い抜くように、転換点で一気に先頭に立つこと)」を目指してきた。2010年代にはまだ日本にも「中国何するものぞ」の雰囲気はあったが、この15年余りの中国の技術力の伸びはすさまじいものがある。
このように、見なければならない範囲が膨大に広がっているのが「地経学」の分野である。その幅広さを各執筆者の知見の蓄積として一冊の本にまとめあげている本書。気になる話題から読み進めてほしい。
ライター・編集者。1980年埼玉県生まれ。月刊『WiLL』、月刊『Hanada』編集部を経てフリー。雑誌、ウェブでインタビュー記事などの取材・執筆のほか、書籍の編集・構成などを手掛ける。

