【読書亡羊】世直し系YouTuberは現代の鼠小僧なのか  肥沼和之『炎上系ユーチューバー』(幻冬舎新書)|梶原麻衣子

【読書亡羊】世直し系YouTuberは現代の鼠小僧なのか 肥沼和之『炎上系ユーチューバー』(幻冬舎新書)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


世直し系YouTuberの実態

「地元のヤンキーと喧嘩しろよ。そうしたら(数字が)跳ねるぞ」

数年前、喫茶店で隣に座った男がウェブ会議をつなぎながら、パソコンに向かってこんな話をしていた。聞くとはなしに聞こえてくる発言についつい耳を傾けていると、続いてこんな「指示」を飛ばす。

「クリスマス・イブの夜に彼女とドライブデートして、そこで彼女と喧嘩するんだよ。ただ車内を映しておけばいいんだ。大丈夫、お前はキャラが好かれやすいから、素で勝負した方が人気出るって」

どうやらYouTubeなどでの配信に関する話のようである。やらせなのか、実際の場面なのかわからないような動画や配信がウェブ上に放流されていることは知っていたが、こうやって「番組(コンテンツ)」を作ることもあるのだなと理解した。

それもあって、いわゆる炎上系YouTuberというのはドキュメンタリー風や実録風に撮影していても、実際にはフィクション、やらせの世界なのかと思っていたのだが、もちろん全てが当てはまるわけではないようだ。

肥沼和之『炎上系ユーチューバー――過激動画が生み出すカネと信者』(幻冬舎新書)は、文字通り動画や配信を炎上させ、カネを稼いでいる現状や仕組みを追ったものだ。特に「世直し系」と呼ばれる、実際の生活の中で起きている犯罪を、動画を回しながら取り押さえることで、臨場感のある動画を視聴者に提供する人たちを取り上げる。犯罪阻止や犯人逮捕にもつながって社会にも役立っている、という建前のコンテンツを提供している人たちにスポットを当てているのだ。

痴漢や盗撮の犯人をその場で取り押さえる、あるいは詐欺セミナーに潜入して論破するといった「世直し系」動画を配信するYouTuber本人たちにも話を聞いており、単なるカネ稼ぎや炎上目的ではないとする彼ら自身の言い分にも迫っている。

炎上系ユーチューバー 過激動画が生み出すカネと信者

逮捕者が出ても減らない

世直し系と呼ばれるYouTuberが注目されたのは2023年のこと。

『鬼滅の刃』のキャラに扮装し武蔵野市市議会選挙にも立候補した煉獄コロアキ氏が逮捕されたことによる。逮捕されたのは、一般女性に「転売は良くない」などと話しかける様子を撮影した動画を、女性の顔がわかる状態でネット上にアップし、名誉棄損の罪に問われたためだった。

コロアキ氏はチケット転売行為を行う女性を呼び出し成敗するつもりでいたところ、勘違いなのか全く別の女性を「チケット高額転売」犯と決めつけ、動画を公開した。これによって名誉棄損で逮捕となったわけだが、逮捕者が出たからと言って世直し系がなくなるわけではなかった。

後発の世直し系の手法はより「洗練」され、盗撮や詐欺セミナーなど実際に犯罪が行われている場面で犯人を取り押さえて警察に突き出すまでを撮影。これをコンテンツとしてネット上で公開し、収益を上げているのである。

決めつけや仕込みではなく、「実際に目の前で起きた犯罪に対処している」というタテツケが用意されているのだ。

とはいえ、本当に「仕込みなし・やらせなし」なのだろうかと思ってしまうが、本書によれば「地道な張り込みの末に確実な事例を取り押さえている」ようである。著者の肥沼氏も張り込み・パトロールに同行し、その日は空振りに終わったものの彼らの様子は「遊び半分に見えなかった」としている。

それでも残る疑問としては「誤認逮捕があり得るのではないか」ということだろう。警察官や、民間人でも万引き犯を取り抑える万引きGメンなどは相応の訓練を受けている。

もちろんYouTuberでも場数を踏めば犯行見極めのポイントや取り押さえの技術は身に付くのだろうが、本書で紹介されている警備のプロは「取り押さえる側に及ぶ危険」を指摘している。逮捕のみならず、顔までネットに晒されると気づいた容疑者側が、「火事場の馬鹿力」で抵抗すれば素人では制圧が難しい上、刃物などを持っている可能性すらあるからだ。

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