【読書亡羊】本当は怖いモディ首相の「寝てない自慢」と「熱い胸板自慢」  湊一樹『「モディ化」するインド』(中公選書)

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その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


インドの政界には「金力」(資金力)と「筋力」(暴力)にものを言わせてあまたの犯罪行為に関与してきた政治家(より正確には、政界に進出した犯罪者)が多数いることが、以前からよく知られている。

湊氏はそう書くが、そもそもこのこと自体、よく知られてはいないのではないか。

そんなインド政界で抜群の存在感を示しているのがモディ首相なのだが、本書では一冊を通じて、いかにモディ首相が民主主義のあるべき姿を破壊してきたかを余すところなく指摘している。

反モディ的論調を許さない権威主義的な面など問題山積といった形だが、特に印象的なのはヒンドゥー教至上主義によるイスラム教の排斥と、情報統制についてだ。

前者については、モディ首相がグジャラート州知事だった2002年に起きた列車炎上事故を口実とする、イスラム教徒の殺害事件があげられる。事故を「イスラム教徒がヒンドゥー教徒を攻撃するために起こしたものだ」として、イスラム教徒全体をテロリスト呼ばわりし、暴動を治めるどころか火に油を注いだという。

この時期は2001年の同時多発テロの影響で、世界中でイスラム教徒がテロリスト扱いされていた。中国でもイスラム教徒の多いウイグル人がテロリスト扱いされ、弾圧が正当化されていたのと軌を一にする。

中国のウイグル人に対する弾圧は人権問題として国際社会の目も厳しくなっているが、インドに対してはどうだろうか。「インドの多様で豊潤な宗教文化」というイメージが、こうした理解を妨げているのではないだろうか。

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インドの本質は中国に近い

モディ政権下のインドに対しては、情報統制についても中国との近似を指摘せざるを得ない。モディ首相就任以降、インドでは政府による検閲もメディアによる自己検閲も急速に悪化しているという。

〈国内については、主要メディアのほとんどが政府の言い分をそのまま伝えるだけの存在になっている〉上に、〈欧米社会が安全保障分野での協力や経済分野での関係強化を重視して、インドの権威主義化を表立って非難することを避けている〉となれば、インドの問題は中国国内の問題以上に見逃されがちになる、ということになってしまう。

記者会見にまつわるエピソードには思わず苦笑してしまった。なんと、モディ首相が記者会見に応じたのは政権1期目の5年間ではわずかに1回、2期目に入って以降は一度も記者会見に応じていないのだという。

また、国内では中国とは違ってツイッターなども使えはするが、折に触れて国内での遮断や社員の自宅の家宅捜索などをちらつかせて圧力をかけていた。映画や衛星放送などによるプロバガンダにも余念がなく、否定的な意見は徹底して取り締まられる状況にあるという。

こうした状況から考えると、湊氏は今後、インドに入国できなくなるかもしれない。その点でも現在のインド社会はかなりの点で中国に近いといえるだろう。

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