【読書亡羊】初めて投票した時のことを覚えていますか? マイケル・ブルーター、サラ・ハリソン著『投票の政治心理学』(みすず書房)

【読書亡羊】初めて投票した時のことを覚えていますか? マイケル・ブルーター、サラ・ハリソン著『投票の政治心理学』(みすず書房)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


実に面白い「世界の投票者の声」

初めて投票に行った時のことを、皆さんは覚えているだろうか。その時、どんな気持ちになっただろうか。たとえどんな候補に投票したとしても、多くの人は「これで一応、大人としての義務を果たした(権利を行使した)」とどこか誇らしい気持ちになったのではないだろうか。

こうした、投票時の個人の心理や体験に焦点を当てたのがマイケル・ブルーター、サラ・ハリソン著『投票の政治心理学――投票者一人ひとりの思考に迫る方法論』(岡田陽介監訳、上原直子訳、みすず書房)だ。

これまで選挙と言えば「政治の代表者を選出する機能」に主に焦点が当てられ、有権者の投票行動はその機能が働く上での一要素、と見られがちだった。

私たちの、悩みに悩んだ、あるいは熱意ある一票も最終的には候補者の得票数やパーセンテージという数字に落とし込まれ、だからこそ「ゼロ確(投票締め切りの20時ゼロ分に当選確実がわかってしまう)」にがっかりさせられもしてきたのだ。

しかし本書は、世界6ヵ国(アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、ジョージア、南アフリカ共和国)で投票行動をミクロにとらえ直している。

「実際に投票所に行くとき、人々はどんな気持ちでいるのか」「自分とは違う候補に投票した人に対して、どんな気持ちを抱いているのか」「親や家族と投票先について相談するのか」「投票日の夜をどのような気持ちで迎えるか」などを調査・分析している。

調査を受けている人たちの具体的なコメントも紹介されているが、読んでいると「どの国も同じだな」と思ってしまうようなネガティブなものもあれば、「選挙とは何か」を改めて考えさせられる感動的なものもある。

調査結果の分析自体は専門的で難しいところもあるので、ここでは具体的な「世界の有権者の声」をご紹介しながら、本書の内容について考えてみたい。

投票の政治心理学――投票者一人ひとりの思考に迫る方法論

「どうやって選べというんだ!」の心の叫び

 まず、投票所で何を思うかについて。筆者自身のことを考えれば主に「間違いないように名前を書かねば」との思いに駆られているような気がする。

 各国の有権者の声をいくつか紹介しよう。

「神よ、この選挙を公平なものにしてください」
「投票できたことがただ嬉しい」
「女性として、投票できるとはなんという特権だろう。世界には自分の意見を述べる権利を持たない女性がごまんといるのに」
「我々に投票する権利を与えるため、祖先が犠牲になった。敬意を示すため、投票しなくてはならない」
「私の票は、子供や孫を守るものであるべきと考えた」
「私の票が役立つことを願う」
「フランスの未来に貢献している気持ち」

 いずれも前向きでポジティブ。じんわりと感動を覚えるものもあるだろう。

 だがもちろん、そうでないものもたくさんある。

「私の投票は10倍も否定されるだろう」
「あのろくでなしを引きずり下ろすことができますように!」
「インテリだけが投票を許されるべきだ」
「このひどい顔ぶれから、どうやって選べというんだ」

 こうした率直な心境の吐露には、笑いながらも思わず頷いてしまう。

関連するキーワード


書評 読書亡羊 梶原麻衣子

関連する投稿


【読書亡羊】「時代の割を食った世代」の実像とは  近藤絢子『就職氷河期世代』(中公新書)

【読書亡羊】「時代の割を食った世代」の実像とは  近藤絢子『就職氷河期世代』(中公新書)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【読書亡羊】「情報軽視」という日本の宿痾をどう乗り越えるのか 松本修『あるスパイの告白――情報戦士かく戦えり』(東洋出版)

【読書亡羊】「情報軽視」という日本の宿痾をどう乗り越えるのか 松本修『あるスパイの告白――情報戦士かく戦えり』(東洋出版)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【読書亡羊】自民党総裁選候補者、全員の著作を読んでみた!

【読書亡羊】自民党総裁選候補者、全員の著作を読んでみた!

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【読書亡羊】データが浮かび上がらせる「元自衛隊員」の姿とは  ミリタリー・カルチャー研究会『元自衛隊員は自衛隊をどうみているか』(青弓社)

【読書亡羊】データが浮かび上がらせる「元自衛隊員」の姿とは ミリタリー・カルチャー研究会『元自衛隊員は自衛隊をどうみているか』(青弓社)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【読書亡羊】議員が総裁選に出る「もう一つの目的」とは?  高村正彦・兼原信克・川島真・竹中治堅・細谷雄一『冷戦後の日本外交』(新潮選書)

【読書亡羊】議員が総裁選に出る「もう一つの目的」とは? 高村正彦・兼原信克・川島真・竹中治堅・細谷雄一『冷戦後の日本外交』(新潮選書)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


最新の投稿


【読書亡羊】「時代の割を食った世代」の実像とは  近藤絢子『就職氷河期世代』(中公新書)

【読書亡羊】「時代の割を食った世代」の実像とは  近藤絢子『就職氷河期世代』(中公新書)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【今週のサンモニ】臆面もなく反トランプ報道を展開|藤原かずえ

【今週のサンモニ】臆面もなく反トランプ報道を展開|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。


トランプ再登板、政府与党がやるべきこと|和田政宗

トランプ再登板、政府与党がやるべきこと|和田政宗

米国大統領選はトランプ氏が圧勝した。米国民は実行力があるのはトランプ氏だと軍配を上げたのである。では、トランプ氏の当選で、我が国はどのような影響を受け、どのような対応を取るべきなのか。


【今週のサンモニ】『サンモニ』は最も化石賞に相応しい|藤原かずえ

【今週のサンモニ】『サンモニ』は最も化石賞に相応しい|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。


我が党はなぜ大敗したのか|和田政宗

我が党はなぜ大敗したのか|和田政宗

衆院選が終わった。自民党は過半数を割る大敗で191議席となった。公明党も24議席となり連立与党でも215議席、与党系無所属議員を加えても221議席で、過半数の233議席に12議席も及ばなかった――。