日本だから見えること
本稿では、イスラエルが見通しがないままに、あるいは超自己中心的に頑迷な姿勢をとり続けていることが、巡り巡って(近年弱体化が看取される)米国外交の足をさらに引っ張り、日本にも不利益をもたらしかねない点につき、私の見立てを示した。中東和平問題は日本の国益が絡む身近な問題なのだ。
米国の外交的資源は、対中国、ロシアという文脈で活用してもらいたいのだが、現状ではイスラエルが食い潰しているわけだ。事態改善のためには、米国がイスラエルの特別扱いを見直すことが急務だ。かかる見地から、日本が同盟国として米国にアドバイスすることは有益だ――米国には見えないが、日本には見えることが少なからずあるのだから。
(4月12日記;初出 月刊『Hanada』2024年6月号)
(追記)ICC、イスラエルとハマス首脳への逮捕状請求
その後(4-5月)の事態の推移に簡単に触れておく。先に触れたように、バイデン氏は、4月上旬に至り「覚醒」し、イスラエルに厳しく接するようになった。
特に、米国はラファへの大攻勢を控えるようイスラエルに圧力をかけ続けて来た。その結果、これまでのところ、イスラエルは大攻勢を思いとどまっている。
とは言うものの、人質解放、停戦などを巡るイスラエルとハマス間の交渉は進展を見ておらず、特に、ガザにおける非人道的状況は一向に改善を見せていない。今後を占う上で、明るい材料は乏しい。
と言う状況下、5月20日にICC(国際刑事裁判所)は、国際人道法等違反の疑いで、イスラエルとハマスの首脳計5名への逮捕状を請求する旨発表して、国際社会の注目を集めた。担当のカーン主任検察官は、「彼らが刑事責任を負うべきと信じるに足る合理的証拠がある」としており、今後、ICCの予審裁判部が逮捕状の発行をするかを判断することになる。
私は、本誌2月号でガザ紛争につき論じた際、3つの展望のひとつとして、ICCがイスラエル、ハマス双方の首脳を裁くことが望まれる旨述べた。僅か4か月後にそのような方向が打ち出されるとまで見通していた訳ではないが、その際触れた点を此処に繰り返しておきたい。
「『野蛮』としか言いようのない暴力の連鎖を続けている両サイドの責任者を司法で『裁く』ことは、野蛮な戦争を続けるより、はるかにましだ。」
なお、今回ICCがイスラエルにつき問題視しているのは、民間人への食料、水、エネルギー、医療などの供与を不当かつ意図的に断つことで、飢餓など著しく非人道的状況を招いたことに絞られている。
が、100万人前後の民間人を、戦争遂行目的から、ガザの中で、北から南へ、次いで、南から北へと、2度にわたり、過酷かつ強制的に移動せしめたこと(displacement)も、明確な国際人道法違反であり、これを裁く(つまり、罪状に加える)べきだ。
このようなICCの動きに対し、イスラエル、ハマスの双方が反発したことは言うまでもない。双方が激しく反発していると言うことは、ICCの仕事はそこそこリーゾナブルであることを物語るものであろう。
加えて、イスラエルのバックに控える米国もこれを強く批判したが、今回の逮捕状請求事由は、既に米国政府が調査したものと同旨と言われており、米国のICCへの批判は政治的ポスチャーの性格が強いように感じられる。
因みに、ICCは、昨年には国際人道法違反の疑いでロシアのプーチン大統領他への逮捕状を発出したが、その際は、バイデン政権はこれを歓迎していたのであるが・・・。そのロシアはICC加盟国でないこともあり、ロシアが同氏をICCに引き渡すことはあり得ない。同様に、イスラエルもICC加盟国ではないので、ネタ二エフ氏ほかをICCに引き渡すことはあり得ない。つまり、ICCの仕事には制約が多い。
という次第はあるものの、かれらがICC加盟国(124カ国、EU諸国、日本など)を訪問すれば、加盟国はこれを拘束し、引き渡す義務がある。このため、かれらの行動は狭められることになる。なお、今回の逮捕状請求に関しては、カーン氏が準備のため現地で事情聴取を行っていたこともあり、関係者の間ではつとに予想されていた。
特に、ネタ二エフ氏は、早い時期から心配を深めた趣であり、それまでの強硬策を一部修正するところまで追い込まれたようだ(5月4日、The Economist誌)。その意味からは、ICCの仕事には一定の意義があるとも言える。
それに、米国がICCの権威を損なうような行動に走ることで、一番喜ぶのは、ICCから逮捕状を突き付けられたプーチン氏であろう。更に、ICCの予審部は逮捕状発出につき審議することになるが、米国がイスラエル擁護の立場からこれを何らかの形で妨害する可能性なしとしない。そのようなことがあると、米国の外交資産・資源は更に枯渇する恐れがある。
それに、ICCは、たとえば、ウイグルにおける反人道的行為の容疑で中国の責任者を訴追すると言ったこともなし得る国際機関であり、米国はむしろ国際公共財としてのICCの正統性、有益性を強化する方向で行動するべきだ。まかり間違っても、その逆の方向で動くことは慎んで貰わねばならない。
(5月21日記)
1948年東京生まれ。1970年東京大学教養学部を卒業後、外務省入省。1973年英ケンブリッジ大学経済学部卒業、のちに修士課程修了。国際交流基金総務部長、スペイン公使、メルボルン総領事、駐グアテマラ大使、国際研修協力機構(JITCO)常務理事を経て、2006年10月より2010年9月まで、駐バチカン大使、2011年4月より杏林大学外国語学部客員教授。著書に『現代日本文明論 神を呑み込んだカミガミの物語』(第三企画)ほか。論文、エッセイ多数。