過去75年にわたるイスラエル建国の歴史を振り返ると、就中、同国の最近の行状を見ていると、その国柄には道徳性・倫理性が微塵も感じられない。平たく言えば「徳」、モラリズムを欠いている。それゆえに、私は心配でしょうがない。
「徳」を著しく欠くイスラエルを過剰にかばうような現状が続くと、米国(の評判)に疵が付くのではないか、と。より具体的に言うなら、イスラエルへののめり込みが続くと、米国の外交上、安全保障面の「資源」が損なわれることにならないか――そうでなくても、米国の影響力の低下が取り沙汰される昨今――という心配だ。
米国が「普通の国」であれば、そのような心配は不要だ。が、米国がわが国にとり「唯一の同盟国」であることに照らせば、米国には強いままでいてもらう必要があるし、国際社会での評判・信用が劣化したり、発言力が低下してもらっては困るのだ。米国の評判が下がること、影響力が下がること、すなわち米国の「外交的資源」が減じることは、日本の国益にも反する。
バイデン氏には、イスラエルのペースで物事が進むことは、国際公共財とも言える米国の「外交的資源」を損なうという「負の側面」があること、つまり、国際的なインプリケーションがあることを理解してもらう必要がある。ことは中東の問題と言うにとどまらない。バイデン氏には、イスラエルに対し、さらに厳しく当たってもらう必要がある。
では、イスラエルの傍若無人ぶり、頑迷ぶりが続くことは、米国の「外交的資源」をどう損なうのか。5つの筋書き(相互に重複する面はあるが)が想定される。
①(イスラルの頑迷ぶりは)ロシアを利する
最も明快なケースはロシアだ。昨秋ガザで紛争が起こった時、一番得をするのはロシア(プーチン氏)だと、多くの識者が指摘した。まず、米国のエネルギーの何割かが中東に釘付けになること。加えて、それまでロシアに厳しい視線を向けていた国際社会も、その注意の半分をガザにシフトすること。
それらの結果、ロシアに対する「風圧」は減じたものと目される。そのためか、昨秋ごろからプーチン氏は元気(エネルギー)を取り戻し始めたように見受けられ、それに呼応するかのように、ロシアのウクライナに対する反撃が始まった。
「外交的資源」の減衰
逆に、割を食ったのがウクライナだ。特に、米国のアテンションの何割かが中東に移ったことは、ウクライナには大打撃と言えよう。米国の予算分配面で、イスラエル向けとウクライナ向けがトレードオフの関係になったことも、ウクライナにとり痛手だ。かくして、同国を巡る環境は、昨秋来、悪化している。
ロシアが元気を取り戻したことやウクライナが元気を失ったことは、いずれも米国の「外交的資源」の減衰を意味する。イスラエルの頑迷ぶりが、巡り巡って米国の足を引っ張っているという構図があるわけだ。ウクライナ向け支援を立て直す意味からも、ガザ紛争は一刻も早く着地点を見つけなくてはならない(*注2)。米国がイスラエルを抑え込む必要がある局面は、早晩、到来するであろう(*注3)。
*注2 バイデン氏はウクライナへの武器供与は小出しである一方で、イスラエルへの武器
供与は過剰という二重の判断ミスをおかした。いまからでも遅くない、イスラエルへの支援を思い切って削減する一方で、ウクライナへの支援を強めてもらいたい。
*注3 米国は戦争犯罪を犯している国への軍事支援を禁じているところ、今後イスラエルに不利な事実関係が新たに明らかになると、軍事支援削減・停止といった事態もあり得る。
②(イスラエルの頑迷さは)中国を利する
ロシアだけではない。つとに指摘されていることだが、中国も米国が中東に忙殺されること、すなわち、東アジアに充てるエネルギーが減ることを、内心ほくそ笑んで見ているはずだ。米国が中東とウクライナで消耗を続けることほど、中国にとって都合のいいことはない。それは、日本から見ても台湾から見ても、由々しきことなのだが。
そして、イスラエルがガザでの事態の鎮静化を遅らせれば遅らせるほど、米国外交のマヌーバビリティー(機動性)は狭められ、中国(やロシア)を利するという構図があるわけだ。イスラエルがそれを意図してやっているとは言わないが、米国の外交的資源が枯渇することが憂慮される。
これ以上モラルを涸らすな
③(イスラエルの無法ぶりは)国際社会の無法性を高める
今日、国際社会で最も目障りで不都合な事案と言えるロシアのウクライナ侵攻と、南シナ海における中国の傍若無人な振る舞いの本質は、両国とも国連憲章、あるいは国際法を無視している点にある。
米国には彼らの違法性・無法ぶり――フィリピン近海での身勝手な振る舞いをはじめとする南シナ海における中国の無法性を含め――を強く論難してもらいたいが、米国が国際法無視を続けるイスラエルを庇い続ける限り、ロシア、中国にとり、米国からの批判は痛くも痒くもないだろう。
グローバルサウスの国々も、イスラエルに肩入れする米国の主張に真剣に耳を傾けることはあるまい。かかる意味で、イスラエルは米国外交の「切れ味」を鈍らせているのだ。
ちなみに、国際法への順法精神を欠くという点で、ロシア、中国、イスラエルの三国は、「不法三兄弟」とでも言うか、突出した「問題児」だ。
④(イスラエルの頑迷さは)米国外交のモラリズムを涸らす
半世紀余前、大学で国際政治学を勉強した際、米国外交にはある種モラリズムが内包されている点が特徴的であると教えられた。近年、自国ファーストの姿勢が目に付くが、現在でもモラルは完全には失せていないようだ。
が、モラリズムを欠く国を庇い続けることは、繰り返しになるが、米国外交のモラル性を涸らすことになりかねない。米国には、ウイグルとかロヒンギャの問題などについてもっと鋭く語ってもらいたいところであるが、その米国のモラル・パワーは、今回の事態を通じ、低下しつつある。となると、同国の神通力・発言力が低減すること(=外交力の劣化)、必至であろう。
⑤(イスラエルの頑迷さは)グローバルサウスの対米反発を深める
この数年、国連において、ロシア、中国に対する非難決議が票決に付されるに際し、グローバルサウス諸国の多くが西側に同調せず、反対か棄権に回っていることは、中露両国を安堵させているようだ。グローバルサウスの多くが中国やロシアを諫める側に回るようなことがあれば、両国は相当のプレッシャーを感じることになると目される。
が、そうはならないであろう。彼ら(グローバルサウス)の多くは、西側から距離を置いているからだ。その背景としては、民主主義や人権面で口うるさい西側を鬱陶しく感じていること、あるいは旧宗主国へのわだかまりがあることが指摘されているが、パレスチナ問題でイスラエルに過剰に肩入れする米国への反発があることも、指摘しておきたい。
そもそも、グローバルサウスの多くは、パレスチナ問題を西洋コロニアリズム(植民地主義)、アパルトヘイトとのアナロジーで捉えている(近時、米国の民主党左派も、そうした見方に傾斜)ことから、かねてよりパレスチナには同情的、イスラエルと(背後に控える)米国には批判的だ。
毎日のようにガザでの破壊映像が報道される今日、グローバルサウスの米国観はさらに悪化しており、米国の外交的資源の疲弊化は進むものと見る。
なお、昨年12月に南アフリカが国際司法裁判所(ICJ)に、ジェノサイドの咎でイスラエルを訴えた。法理論的にはジェノサイドと断じることは厳しいようであるが、それよりも私は、その共同提訴国にマレーシア、インドネシア、トルコといったグローバルサウスのなかで比較的穏健な有力国が含まれていたことに注目している。
米国には少なくとも、穏健派の心情に理解を示すことで、かれらとの心理的距離を縮める努力を強めてもらいたい。長い目で見ると、米国の外交的資源を豊かにするはずだ。