憲法に無知な「表現の不自由展・その後」と朝日新聞の病理|木佐芳男

憲法に無知な「表現の不自由展・その後」と朝日新聞の病理|木佐芳男

木佐芳男


これは当然のことだろう。そしていま問題となるべきは、後段のほうだ。

〈又、国民は、これを濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ〉

「日本国憲法を対話で学ぼう」というサイトの「憲法12条」の項では、この条文の趣旨が弁護士と生徒の対話形式でわかりやすく説明されている。12条の前後にあるいくつかの条文は人権についての規定であり、対話はそれを踏まえている(以下は、その抜粋)。

弁護士「ある人の人権が制限されるのは、他の人の人権によるということです。……このように、個人の権利と個人の権利はぶつかり合います」

生徒「なるほど。そうすると、『公共の福祉』というのは、そのぶつかり合いを調整する概念なのですね?」

弁護士「そうです、よく分かりましたね。ぶつかり合う人権同士を比べて、ある一方の個人に我慢をしてもらう方が他方の個人に我慢をしてもらうよりも合理的だよねと多くの人が納得するような場合に、他方の個人に我慢をしてもらうのです。 このように、およその人が納得するかたちで人権同士のぶつかり合いを調整することが、『全国民の利益』ととらえざるをえないと思います」

生徒「つまり12条後段は、他者の人権を不当に制限することのないように人権を行使しなければならないということを定めているのですね」

この対話では「人権」として語られているが、12条後段は明らかに「自由および権利を濫用してはならない」と読める。

わが国では、表現の自由を定めた憲法21条については言及されることが多く、国民にもある程度その重要性が認識されている。

それに対して、メディアなどで12条が議論にのぼることはほとんどない。筆者が調べた限り、最高裁が12条について正面から判断した判決は見当たらない。

自由は無制限ではない

ただ、1984年12月12日、いわゆる「ポルノ税関検査訴訟」と呼ばれた裁判で、最高裁大法廷が21条にある表現の自由を制限すべきケースがあるとしている。

「表現の自由は、絶対無制限なものではなく、公共の福祉による制限の下にあり、性的秩序を守り最小限度の性道徳を維持することは公共の福祉の内容をなす」

「わいせつ表現物がみだりに国外から流出することを阻止することは公共の福祉に合致し、表現の自由もその限りで制約を受ける」

「わいせつ表現物の輸入規制は憲法の規定に反しない」

この判決では、わいせつ表現物に限って「公共の福祉による表現の自由の制限」が判断されている。12条という文言は使われていないが、明らかにそれを念頭に置いているだろう。 「表現の不自由展・その後」をめぐっては、展示物の一部が制限すべき表現の自由のケースかどうかが問題となる。

展示には、韓国の反日の象徴である少女像や昭和天皇を含む肖像群が燃える映像作品なども含まれる。「およその人が納得するかたちで人権同士のぶつかり合いを調整すること」が12条後段の言う「公共の福祉」の趣旨だとすれば、展示中止は朝日新聞や企画した左派活動家が主張する「表現の自由の封殺」とはとても言えまい。

朝日新聞の4日の二面記事で、田島泰彦上智大学元教授(メディア法)は「今回は、広い意味で表現の自由の侵害や、検閲的な行為があったといえる。非常に問題だ」とコメントした。また、戸波江二早稲田大学名誉教授(憲法学)も「少女像などの設置が不快だという理由で展示をやめさせることは表現の自由に反するし、批判が強いという理由で、主催者側が展示を取りやめることも許されない」としている。

これら2人の学者は朝日新聞の論調に合わせ、表現の自由が無制限かのように語っている。法律の専門家ながら、憲法12条の規定については念頭にないとみられる。朝日新聞デジタルによると、全国の憲法学者91人が11日付で共同声明をまとめ、河村市長らの言動を「表現の自由の重要性について全く理解を欠いたもの」と批判した。

展示企画者、朝日新聞、コメンテーター、共同声明を出した憲法学者らは、いずれも憲法を聖典のように扱う護憲派と考えられる。12条は、今回のような場合には極めて重要な規定であり、彼らが守るべきだとする憲法の一部に他ならない。

展示企画者らは、中止決定を不服とし、法的手段に訴えることにも言及している。仮に裁判となれば、表現の自由と自由の濫用禁止、少女像などの展示と公共の福祉との関係が争われる可能性がある。歴史観や国家観につながる問題であり、大きな注目を集めるだろう。

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