【読書亡羊】あなたは本当に「ジャーナリスト」を名乗れますか?  ビル・コバッチ、トム・ローゼンスティール著、澤康臣訳『ジャーナリストの条件』(新潮社)

【読書亡羊】あなたは本当に「ジャーナリスト」を名乗れますか? ビル・コバッチ、トム・ローゼンスティール著、澤康臣訳『ジャーナリストの条件』(新潮社)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


まさに「この一文以外にはない」という、本質も本質だ。

当り前じゃないかと思うだろうが、それが当たり前ではなくなっているのが現在であり、過去もそうだったのである。

そして、事実が確認できないこと、わからないこと、知らないことは正直にそう述べるべきだとも説く。こうしたことができない「知ったかぶりジャーナリスト」も多いのではないか。

率直に言って、事実確認のプロセス以前に、一般人の情報収集・事実確認能力にも満たない自称・ジャーナリストが存在する。ネット時代はそれに更なる拍車をかけてもいる。専門的な前提知識がなくても検索すれば識別できるような真偽すらも確認できないまま、数千、数万の単位の読者・視聴者に「情報を売っている」ジャーナリストさえいる。

本書では「編集者」の役割も指摘されているが、ネットでの発信、特に動画には「動画を編集する」人はいても、内容に突っ込んだ編集作業に当たる立場の人間がいないケースも少なくない。

「複数の関係者が証言した」という一文に「複数とは何人ですか」「関係者とはどの範囲の人を指しますか」などと、突っ込みを入れるのが編集者の役割だと本書は説く。情報を届ける責任は、ジャーナリストだけでなく編集者にもあるのだ。

嘘情報で読者の認知がゆがむ

もちろん、事実確認を入念に行うジャーナリストであっても、時に間違えることはあるだろう。そこで本書も説く「透明性」が重要になるのだが、透明性を担保できないどころか、訂正も謝罪もしないまま、さらなる誤報やミスリードを重ねる向きも少なくない。

一億総発信者の時代とは、こういうものなのかと嘆息するほかないが、本書はこうした事態にも諦めることなく、ネット上の問題を引きながら「ジャーナリストかくあるべき」を提示していくのだ。

中立を装いながらも実際はプロパガンダでしかない報道を、どう考えるべきか。

取材対象から独立を保たなければならないジャーナリストは、自らの「党派性」とジャーナリズムの間でどう整合性をつけるべきなのか。

少なくとも立場との葛藤があってしかるべきではないのか。

「ジャーナリズムとは、ここまで徹底しなければならないのか」と考えさせられるその姿勢には、頭が下がるほかない。

冒頭で紹介した読売新聞の例は、社内の指摘で捏造を認めるに至ったからまだしも、こうした「組織の力」が働かなくなってきているのがネットの時代と言えるかもしれない。

代わりに読者・視聴者が個別に声をあげたり、プラットフォームを提供するIT企業に虚偽の情報や名誉棄損であることを「通報」する形で正していくしかない。

それまでの一方通行が主だったマスメディアとは違う、こうしたネットのありようは、黎明期には「集合知」のような形で評価されもした。

だが、日々新しい情報が怒涛の勢いで流れていく現在、すべての発信についての真偽を情報の受け手が判断し、間違いがあれば通報し正していくというのはほとんど不可能に近い。とんでもないデマ情報でもそのまま流れていき、信じ込んだ人たちの認知がゆがんでいくのだ。

その名を背負うのにふさわしいのは……

ジャーナリストには資格試験はない。新聞社やテレビ局なら入社試験はあるが、それは必ずしもジャーナリストとしての適性を判断しうるものではないし、個人で活動するジャーナリストは多くが自称である。

それはそれで構わないが、本書のような徹底的な自問自答、葛藤、ジャーナリズムの追及があってこそ、その肩書を背負うにふさわしいのではないか。

いや、そうした肩書を持たずとも、全世界に向けて情報で発信する以上は、本書の議論、せめて一端(「事実を確認せよ!」)だけでも噛みしめてから乗り出すべきだと考えさせられるのだ。

関連する投稿


【読書亡羊】データが浮かび上がらせる「元自衛隊員」の姿とは  ミリタリー・カルチャー研究会『元自衛隊員は自衛隊をどうみているか』(青弓社)

【読書亡羊】データが浮かび上がらせる「元自衛隊員」の姿とは ミリタリー・カルチャー研究会『元自衛隊員は自衛隊をどうみているか』(青弓社)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【読書亡羊】議員が総裁選に出る「もう一つの目的」とは?  高村正彦・兼原信克・川島真・竹中治堅・細谷雄一『冷戦後の日本外交』(新潮選書)

【読書亡羊】議員が総裁選に出る「もう一つの目的」とは? 高村正彦・兼原信克・川島真・竹中治堅・細谷雄一『冷戦後の日本外交』(新潮選書)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【読書亡羊】サイバー安全保障を「机上の空論」にしないために  小宮山功一朗・小泉悠『サイバースペースの地政学』(ハヤカワ新書)

【読書亡羊】サイバー安全保障を「机上の空論」にしないために 小宮山功一朗・小泉悠『サイバースペースの地政学』(ハヤカワ新書)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【読書亡羊】初めて投票した時のことを覚えていますか? マイケル・ブルーター、サラ・ハリソン著『投票の政治心理学』(みすず書房)

【読書亡羊】初めて投票した時のことを覚えていますか? マイケル・ブルーター、サラ・ハリソン著『投票の政治心理学』(みすず書房)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【読書亡羊】トランプ陣営も「これ」で献金を巻き上げた⁉ ハリー・ブリヌル著『ダークパターン』(BNN)

【読書亡羊】トランプ陣営も「これ」で献金を巻き上げた⁉ ハリー・ブリヌル著『ダークパターン』(BNN)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


最新の投稿


【今週のサンモニ】「トランプ」と「ハリスさん」の使い分け|藤原かずえ

【今週のサンモニ】「トランプ」と「ハリスさん」の使い分け|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。


【読書亡羊】データが浮かび上がらせる「元自衛隊員」の姿とは  ミリタリー・カルチャー研究会『元自衛隊員は自衛隊をどうみているか』(青弓社)

【読書亡羊】データが浮かび上がらせる「元自衛隊員」の姿とは ミリタリー・カルチャー研究会『元自衛隊員は自衛隊をどうみているか』(青弓社)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


青山繁晴さんの推薦人確保、あと「もう一息」だった|和田政宗

青山繁晴さんの推薦人確保、あと「もう一息」だった|和田政宗

8月23日、青山繁晴さんは総裁選に向けた記者会見を行った。最初に立候補を表明した小林鷹之さんに次ぐ2番目の表明だったが、想定外のことが起きた。NHKなど主要メディアのいくつかが、立候補表明者として青山さんを扱わなかったのである――。(サムネイルは「青山繁晴チャンネル・ぼくらの国会」より)


総裁選候補に緊急アンケート15問|野田聖子議員

総裁選候補に緊急アンケート15問|野田聖子議員

混戦となっている自民党総裁選。候補者たちに緊急アンケートを実施し、一人ひとりの実像に迫る!


総裁選候補に緊急アンケート15問|青山繁晴議員

総裁選候補に緊急アンケート15問|青山繁晴議員

混戦となっている自民党総裁選。候補者たちに緊急アンケートを実施し、一人ひとりの実像に迫る!