総裁任期中に憲法改正を実現するなら……
岸田文雄総理大臣は、今通常国会冒頭の施政方針演説において、改めて自身の総裁任期中の憲法改正への強い決意を示した。その上で、「議論を前進させるべく、最大限努力したいと考えています。今年は、条文案の具体化を進め、党派を超えた議論を加速してまいります」と、条文案の作成についても言及した。
昨年12月には、衆院憲法審査会において中谷元与党筆頭幹事が、自民党を含む5会派の間では、緊急事態時の国会機能維持の方策としての国会議員の任期延長については意見が一致しているとして、条文の作成作業を行う機関を設けるべきとの提起がなされ、公明、維新、国民、有志の会から賛意が示された。これら5会派は衆参それぞれにおいて、憲法改正の国会発議に必要な総議員の3分の2以上の勢力を有する。
総裁任期中に憲法改正を実現するとなると、6月23日までの会期の今国会中に、憲法改正原案の国会提出、国会発議をする必要がある。そうすると9月半ばまでには憲法改正国民投票が行われることになる。また、総裁任期中に実現できなくても、総裁任期中に憲法改正にめどをつけるとなると、9月には臨時国会を召集し改正原案を提出、年末に国民投票というスケジュールになる。
緊急事態時の国会議員の任期延長については、すでに条文イメージを自民党が示し、野党3党派も合同で示している。自民党は平成30年に条文イメージ・たたき台素案で次の通りとした。
第六十四条の二 大地震その他の異常かつ大規模な災害により、衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙の適正な実施が困難であると認めるときは、国会は、法律で定めるところにより、各議院の出席議員の三分の二以上の多数で、その任期の特例を定めることができる。
昨年3月に発表された、維新、国民、有志の会の3党派合意案は次の通りである。
第○条 我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害、感染症の大規模なまん延その他これらに匹敵する緊急事態により、選挙の一体性が害されるほどの広範な地域において衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙の適正な実施が七十日を超えて困難であることが明らかとなつたときは、国会の議決により、当該総選挙又は通常選挙に係る衆議院議員又は参議院議員の任期は、これらの選挙を適正に実施することができるまでの間において当該国会の議決で定める期間、延長される。この場合において、その延長の期間は、六月を超えることができない。更に延長されるときも、同様とする。
現行憲法には「有事」という概念がない
この緊急事態時の国会議員の任期延長については、憲法54条2項において参院の緊急集会が規定されているから、衆院が解散されている時はそれで対応できるではないかとの意見があるが、関東大震災時は、帝国議会の招集は震災発生から3か月以上経った12月10日であった。
また、衆参同日選の場合は、選挙が行えず参議院議員の任期が切れてしまった時には、国民から投票で選ばれた国会議員が誰もいなくなるという、民主主義において危機的な事態となる。
すなわち、現行憲法には選挙が実施できなくなってしまうような緊急事態、いわゆる有事という概念がない。そういう事態に限って衆参国会議員の議員任期を延長することは国家国民を守るために必要なことである。
併せて、国会が召集できない時において、内閣が、法律と同列の効力を有する緊急政令を制定し、財政上必要な支出を行うことができるようにすることも必要である。関東大震災時の山本権兵衛内閣では、15の緊急勅令、2回の緊急財政処分を行っている。
これらについても、条文イメージがすでに自民、維新、国民民主の各党から示されている。まず自民党案である。
第七十三条の二 大地震その他の異常かつ大規模な災害により、国会による法律の制定を待ついとまがないと認める特別の事情があるときは、内閣は、法律で定めるところにより、国民の生命、身体及び財産を保護するため、政令を制定することができる。
そして、維新案、国民案であるが、ほぼ同一であるため、ここでは維新案を示す。
第九十六条の五 緊急事態の宣言が発せられた場合において、国会による法律の制定又 は予算の議決を待ついとまがないと認める特別の事情があるときは、あらかじめ法律の定めるところにより、内閣は、法律と同一の効力を有する緊急政令を制定し、又は財政上必要な処分を行うことができる。
なお、これら緊急政令の制定ができるようにするためには、自民、野党3党派はいずれも内閣総理大臣もしくは内閣による緊急事態宣言の発出が前提とされており、そのための憲法改正も必要となる。
であるので、緊急事態時の国会議員の任期延長が憲法改正の中で先行したとしても、その後、速やかに緊急事態条項を整える憲法改正が必要である。