ロシア外務省から日本政府へのこの「抗議」は、事実として全く間違っている。そもそも「ロシア後の自由な民族フォーラム」は完全に民間主催で行われたイベントである。2日間の内、8月1日は国会(衆議院第1議員会館)を会場として行われたが、議員会館の会議室使用には、仕組み上、日本政府は全くの無関係である。
議員会館の会議室は、国会議員(議員事務所)が空いている部屋を予約すれば使用できる仕組みだ。しかも今回のフォーラム開催にあたって部屋を押さえたのは立憲民主党の国会議員であり、与党議員ですらない。日本政府が会合のために場所を用意したなどというのは全く事実と異なっている。それに、ロシアや中国のように政府による言論統制が国家の隅々にまで行き渡っている国と違い、日本には言論表現の自由、政治活動の自由があり、同フォーラムの開催も政府の許可を得て開催されるような性質のものでもなんでもない。フォーラムの開催に、日本政府の関与は一切ない。あえて言うなれば、同フォーラムの関係者が日本に入国するにあたってのビザを発給したのは日本政府であり、そもそも日本に入国を認めたことが間違いであるとの批判であれば論理としては成立する余地もあるだろうが、それとても参加者それぞれの国籍はバラバラであり、各人の状況に応じて個別に判断されたものでしかない。それは、日本政府がフォーラムを支援しているといった話にはつながらず、誤った批判でしかない。
後述するが、実は日本政府がビザを出さなかったために、フォーラムに参加できなかった関係者もいた。当然のことだが、在ロシア日本大使館は「日本政府が関与して行われたものではなく、そのような抗議をされること自体受け入れられない」とロシア外務省に伝えた。真っ当な対応だ。
ロシア連邦内の諸民族が「ロシアに占領された北方領土」と表現
さて、ロシア外務省が「報復措置」にまで言及するという激烈な反応を巻き起こしたこのフォーラムとは一体どのようなものであったのかを順を追って解説する。フォーラム開催前に、フォーラム創設者であるオレグ・マガレツキー氏にインタビューした月刊『Hanadaプラス』の記事を未読の方は、まずそちらをぜひご一読いただきたい。
また、フォーラムの開催そのものについては、NHK、TBS、日テレや、朝日新聞、産経新聞、東京新聞など、かなり幅広く報道されている。私からは、主催者側の一人として中から見てきた他にない情報と、フォーラムのスピーカーなどと個別に話したことについて報告したい。
「ロシア後の自由な民族フォーラム」は、昨年(2022年)5月にポーランドで第1回を開催して以降、チェコ、スウェーデン、ベルギー(EU議会が会場)、アメリカと欧米各国を回り、今回の日本開催が第7回目である。創設者であり事務局長的な役割を果たしているマガレツキーが言うには、「日本はアジアで最も強力な自由民主主義国家」であり、「世界で最も重要な国のひとつ」と考えていることと、ロシアが「日本の領土である樺太や北方領土を占領」していることから、「どのようにウィンウィンになるか」を考えたいということが、日本での開催理由であった。
8月1日と2日の2日間にわたって開催されたフォーラムであるが、実は両日のプログラムは全く別々のものだった。筆者は運営の一人、またスピーカーとして両日とも参加したが、それぞれ事情は全く違っている。
8月1日は、この日のモデレーターを務めた岡部芳彦氏(神戸学院大学教授)を中心に企画され、日本側からはロシア・ウクライナ戦争でも度々メディアに登場している廣瀬陽子氏(慶應大学 教授)、岡田一男氏(映像作家)、そして参加した5人の国会議員がメインスピーカーであった。
海外からは、イナル・シェリプ氏(チェチェン・イチケリア共和国亡命政府 外相)、イリヤ・ポノマリョフ氏(自由ロシア軍団 政治部門幹部)、オレグ・マガレツキー氏の他、ロシアからの独立を訴える民族・地域の代表4人、それに欧米の専門家2人が参加した。
筆者は、メインのスピーチのあとの「コメント&ディスカッション」において一人目として総評を述べるようにモデレーターの岡部氏より依頼され、「ロシアの分裂や弱体化が、中国の強大化を招く」ことは決してあってはならず、そのための戦略をよくよく考える必要があるという点について意見を述べた。この点に誰も触れなかったため私から強く発言を行ったが、フォーラム終了後に、他のスピーカーたちから賛同する旨の声を多くもらった。
全体で3時間半ほどのイベントであり、最後に宣言文がまとめられて発表された。この日のプログラムは、この1日で完結した形だ。宣言文について、「ロシアに占領された北方領土」という表現をロシア連邦内の諸民族が使うのは歴史上初めて。その意味では「歴史的文書」と、取りまとめに尽力した岡部氏が述べている。この点もロシア外務省を刺激したのだろう。