【読書亡羊】1200万人のアメリカ人が「トカゲ人間」を信じている マーク・カランスキー『大きな嘘とだまされたい人たち』(あすなろ書房)

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その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


「嘘」はとても魅力的

こうした「あまりにもバカげた陰謀論」だけでなく、政治思想の左右を問わず、アメリカ、ソ連双方の「政府の嘘」に切り込んでいるのも本書の魅力だ。

しかも、歴史作家としての能力と、ジャーナリストとしての視点を持ち合わせているために、「嘘」の素材として取り上げられるテーマも歴史から現代的なものまで目配りが聞いている。

18世紀後半、啓蒙思想を受け入れがたく、むしろ敵視する人々が陰謀論やデマゴーグを使ってでもそれを否定してきた、という歴史から始まり、魔女狩りやピエロ恐怖症など、社会現象を取り上げつつ、アメリカ政府が国民を騙した壮大な事例であるイラン・コントラ事件の解説を交えるなど、時代もテーマも縦横に行き来する。

それでも取っ散らかった感じがしないのは、本書が「嘘」を軸に展開される人類史でもあるからだろう。

一見、バカバカしい都市伝説までも交えることで、人類にとって「嘘」がいかに魅力的であり、しかしずっと以前から我々の認知にゆさぶりをかけてきたかが分かるのだ。

そして書籍、新聞、ラジオ、テレビ、そしてインターネットと言った「嘘発信源」の変化も抑え、テクノロジーと嘘の共犯関係も見えてくる。

何より本書が良心的なのは、陰謀論者やそれを信じてしまう人たちを頭から「バカ」と決めつけ、嫌悪感丸出しで遠ざけるような書き方をしていないことだ。

あくまで淡々と、しかし時折くすりと笑ってしまうような表現で、(仮に自分が信奉している陰謀論を嘘と断じる項目に行き当たったとしても)余計な感情を刺激されずに記述と向き合うことができる。

批判対象を悪しざまに罵り、バカだ無知だと決めつける文章に飽き飽きしている人には、実に心地よく響くに違いない。

「一体何が真実なのか」

カランスキーは、前書きにあたる「読者への切なる願い」という最初の章で、こう語っている。

 この本には、いろいろな考えや事実や意見が書いてある。ただ読んで、そういうものかと信じるのは簡単だ。
 でもそうではなく、読みながら自分の頭で考え、何を信じるか、ぜひ自分で決めてもらいたい。
 科学的方法――データを集め、データに基づいて仮説を立て、その仮説を事実で検証する研究法――の先駆者であるイギリスの哲学者フランシス・ベーコン(1561~1626)は、1612年にこう書いている――「読書とは、否定して反論するためでなく、頭から信じるためでもなく、話題のためにするものでもない。じっくりと考えるためにするものだ」(中略)
 この本を読む時も、人生を歩む時も、一体何が真実なのかと、自分につねに問いかけてほしい。

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