ロシア発の偽情報に惑わされる日米の人々
一方で、ソ連時代からのロシアお得意の海外世論工作は、ことウクライナ侵攻に関しては奏功しているとは言い難い。だが、まったく影響力を失ったわけではない。
日本にも「悪いのはアメリカ。ロシアは追い詰められて自衛のためにやっただけ」「アメリカはもっと多くの人間を死に至らしめている」と述べ、さらにはロシア大使館を介してロシアと関係を深めている「有識者」たちもいる。
ウクライナ侵攻後もロシア大使館のツイッターやロシアのメディア「ロシア・トゥデイ」が発信するプロパガンダ情報や、正体不明のアカウントによる「ウクライナこそ残虐な振る舞いを行っている」というような偽情報を、事実と信じこんで、今なお、親ロ的立場を取る人々もわずかながら存在するのだ。
そして、アメリカでの「ロシア発」情報の影響は日本の比ではない。ロシアが2016年のアメリカ大統領選時にアメリカ社会に植え付けた「偽情報」は、アメリカ国内の言論状況を土壌として今も根を張っている。
しかも、その根を育てているのは、必ずしもロシアの意を受けた「ネット工作員」ではなく、多くはアメリカ国民、それも愛国心あふれる共和党支持者たちだ。その模様は朝日新聞記者・藤原学思氏の『Qを追う―陰謀論集団の正体』(朝日新聞出版)に詳しい。
ロシアと世界観が一致したQアノンたち
機密情報にアクセスできる立場にいる、という触れ込みのQが掲示板に書き込むメッセージを解読し、「アメリカ政府は闇の勢力=ディープステートに操られている」という世界観を共有するQの信奉者たち。彼らはQアノンと呼ばれ、トランプを光の勢力の救世主と位置づけ、トランプを今なお支持し続けている。
『Qを追う』はタイトル通り、こうした陰謀論の出処になっているQの正体を追いながら、Qアノンになった人、目が覚めてQから脱した人たちを含め現象そのものも追っている。そしてその誕生と影響における日本への言及も見逃せない。
Q自身とロシアの直接の関係は指摘されていない。だが、ロシアがアメリカ社会の分断に付け込み、自国に有利になる「トランプ大統領誕生」を画策したこと、さらには民主主義への不信感を植え付ける目的と、Qの世界観は結果的に一致してしまったことになる。
アメリカのQアノンの多くは、ロシアが工作として流布した反ワクチンを掲げているし、ロシアのウクライナ侵攻を肯定しているとの指摘もあるほどだ(ただしロシアのQアノンは侵攻に否定的だという)。