【読書亡羊】工作員の手を離れた「情報戦」がアメリカ社会を破壊する ティム・ワイナー『米露諜報秘録』(白水社)、藤原学思『Qを追う―陰謀論集団の正体』(朝日新聞出版)

【読書亡羊】工作員の手を離れた「情報戦」がアメリカ社会を破壊する ティム・ワイナー『米露諜報秘録』(白水社)、藤原学思『Qを追う―陰謀論集団の正体』(朝日新聞出版)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする週末書評!


ロシア発の偽情報に惑わされる日米の人々

一方で、ソ連時代からのロシアお得意の海外世論工作は、ことウクライナ侵攻に関しては奏功しているとは言い難い。だが、まったく影響力を失ったわけではない。

日本にも「悪いのはアメリカ。ロシアは追い詰められて自衛のためにやっただけ」「アメリカはもっと多くの人間を死に至らしめている」と述べ、さらにはロシア大使館を介してロシアと関係を深めている「有識者」たちもいる。

ウクライナ侵攻後もロシア大使館のツイッターやロシアのメディア「ロシア・トゥデイ」が発信するプロパガンダ情報や、正体不明のアカウントによる「ウクライナこそ残虐な振る舞いを行っている」というような偽情報を、事実と信じこんで、今なお、親ロ的立場を取る人々もわずかながら存在するのだ。

そして、アメリカでの「ロシア発」情報の影響は日本の比ではない。ロシアが2016年のアメリカ大統領選時にアメリカ社会に植え付けた「偽情報」は、アメリカ国内の言論状況を土壌として今も根を張っている。

しかも、その根を育てているのは、必ずしもロシアの意を受けた「ネット工作員」ではなく、多くはアメリカ国民、それも愛国心あふれる共和党支持者たちだ。その模様は朝日新聞記者・藤原学思氏の『Qを追う―陰謀論集団の正体』(朝日新聞出版)に詳しい。

Qを追う 陰謀論集団の正体

ロシアと世界観が一致したQアノンたち

機密情報にアクセスできる立場にいる、という触れ込みのQが掲示板に書き込むメッセージを解読し、「アメリカ政府は闇の勢力=ディープステートに操られている」という世界観を共有するQの信奉者たち。彼らはQアノンと呼ばれ、トランプを光の勢力の救世主と位置づけ、トランプを今なお支持し続けている。

『Qを追う』はタイトル通り、こうした陰謀論の出処になっているQの正体を追いながら、Qアノンになった人、目が覚めてQから脱した人たちを含め現象そのものも追っている。そしてその誕生と影響における日本への言及も見逃せない。

Q自身とロシアの直接の関係は指摘されていない。だが、ロシアがアメリカ社会の分断に付け込み、自国に有利になる「トランプ大統領誕生」を画策したこと、さらには民主主義への不信感を植え付ける目的と、Qの世界観は結果的に一致してしまったことになる。

アメリカのQアノンの多くは、ロシアが工作として流布した反ワクチンを掲げているし、ロシアのウクライナ侵攻を肯定しているとの指摘もあるほどだ(ただしロシアのQアノンは侵攻に否定的だという)。

関連する投稿


【読書亡羊】死せる安倍、生ける自民党を走らす  御厨貴・芹川洋一『令和政権論』(日経プレミアシリーズ)|梶原麻衣子

【読書亡羊】死せる安倍、生ける自民党を走らす 御厨貴・芹川洋一『令和政権論』(日経プレミアシリーズ)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【読書亡羊】「私が死んでも代わりはいるもの」――「覚悟ガンギマリ」赤根所長が率いるICC  スティーヴ・クロウショー『権力者を訴追する』(白水社)|梶原麻衣子

【読書亡羊】「私が死んでも代わりはいるもの」――「覚悟ガンギマリ」赤根所長が率いるICC スティーヴ・クロウショー『権力者を訴追する』(白水社)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【読書亡羊】九段周辺は「戦争の記憶の貯蔵庫」に溢れている  林英一『戦争記憶の歩き方』(彩流社)|梶原麻衣子

【読書亡羊】九段周辺は「戦争の記憶の貯蔵庫」に溢れている 林英一『戦争記憶の歩き方』(彩流社)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【読書亡羊】「信じるか否かはあなた次第」の時代を乗り切るための一冊  松村一志『科学否定論はなぜ人を惹きつけるのか』(ちくま新書)|梶原麻衣子

【読書亡羊】「信じるか否かはあなた次第」の時代を乗り切るための一冊 松村一志『科学否定論はなぜ人を惹きつけるのか』(ちくま新書)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【読書亡羊】テック右派が抱く焦燥感の正体とは  カーティス・ヤーヴィン『ネオ君主論』(PHP)|梶原麻衣子

【読書亡羊】テック右派が抱く焦燥感の正体とは カーティス・ヤーヴィン『ネオ君主論』(PHP)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


最新の投稿


【今週のサンモニ】斎藤幸平氏の陰謀論と正論|藤原かずえ

【今週のサンモニ】斎藤幸平氏の陰謀論と正論|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。


【読書亡羊】死せる安倍、生ける自民党を走らす  御厨貴・芹川洋一『令和政権論』(日経プレミアシリーズ)|梶原麻衣子

【読書亡羊】死せる安倍、生ける自民党を走らす 御厨貴・芹川洋一『令和政権論』(日経プレミアシリーズ)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【今週のサンモニ】張本さんに「あっぱれ!」|藤原かずえ

【今週のサンモニ】張本さんに「あっぱれ!」|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。


【今週のサンモニ】農水省とJAの癒着|藤原かずえ

【今週のサンモニ】農水省とJAの癒着|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。


【今週のサンモニ】ICC問題、石破元総理の高市批判は明らかに間違っている|藤原かずえ

【今週のサンモニ】ICC問題、石破元総理の高市批判は明らかに間違っている|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。