数字合わせの防衛費で防衛力強化はできない|織田邦男

数字合わせの防衛費で防衛力強化はできない|織田邦男

言葉は美しい。だが、防衛省単独の予算を積み上げるより、他省庁の経費も含めた方が本来の防衛予算を抑えつつ「GDP比2%」を達成しやすくなるという思惑がみえみえである。


今年5月の日米首脳会談で、岸田文雄首相は、日本の防衛力を抜本的に強化し、裏付けとなる防衛費を増額するとともに、「反撃能力」の保有を含めあらゆる選択肢を排除しない考えを伝え、バイデン米大統領から強い支持を得た。

6月、政府は経済財政運営の指針となる「骨太の方針」を決定し、防衛費については、北大西洋条約機構(NATO)加盟国が国内総生産(GDP)の2%以上を目標としていることを例示し、防衛力を「5年以内」に抜本的強化することを明記した。5年という短期間であり、スピード感を持った対応が必要だが、最近耳にする議論は、どうもピントが外れている。

政府が狙う?見せかけの予算増

報道によると、政府は防衛省以外の省庁が所管するインフラ整備や宇宙・サイバー関連経費、科学技術研究費といった経費を合算した新しい防衛予算(国防関係予算)の枠組みを作る検討に入ったという。

新たな枠組みで縦割り行政の弊害を排し、省庁横断で有事に備える、全省庁が防衛力強化に取り組みやすくなる、省庁横断で安保政策の実効性を高めることができる等々、言葉は美しい。だが、防衛省単独の予算を積み上げるより、他省庁の経費も含めた方が本来の防衛予算を抑えつつ「GDP比2%」を達成しやすくなるという思惑がみえみえである。

日本が今なすべきことは「5年以内の防衛力抜本的強化」であり「GDP比2%への防衛費増額」はその手段にすぎない。「GDP比2%」が先行するあまり、全府省庁の防衛に関連する予算をかき集めて防衛費大幅増に見せかけようとする。これでは「防衛力の抜本的強化」はそっちのけで「数字合わせの防衛費」「上げ底の防衛力」となり、全く本末転倒である。この仕組みでは、他省庁は多くの予算を「防衛関連」とこじつけ、予算の分捕り合戦になるだろう。結果的に防衛力強化に必要な予算が抑制されることになる。

海保予算算入の不条理

またNATOは沿岸警備隊の予算を国防費に含めているので、日本も海上保安庁予算を防衛予算にカウントすべきだとの議論がある。これも理屈に合わない。NATO諸国は必ずしも沿岸警備隊予算を国防費に入れていないという専門家もいる。ましてや日本の場合、海保は純粋な警察権行使に限定された組織であり、任務も海上交通の安全と治安の維持に限られ、領域警備の任務さえ有しない。他国のように陸海空に次ぐ第4の軍隊ではない。もし海保予算を含めるのであれば、海保の軍事行動を禁止している海保法25条の削除が前提であろう。

数字合わせで見せかけの防衛費増が目的であってはならない。あくまで「防衛力の抜本的強化」という本筋に立ち返るべきである。(2022.09.20国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)

関連する投稿


「トランプ大統領」阻止に死に物狂い、米民主党のウルトラC【ほぼトラ通信】|石井陽子

「トランプ大統領」阻止に死に物狂い、米民主党のウルトラC【ほぼトラ通信】|石井陽子

今度のアメリカ大統領選挙は単なる「トランプvsバイデン」の単純な構図ではない!「操り人形」「トロイの木馬」「毒蛇」――トランプの対抗馬と目されるニッキーヘイリーはなぜ共和党内からこう批判されるのか。日本では報じられない米大統領選の深層!


ハマス奇襲攻撃を予言したトランプ、評価が急上昇|石井陽子

ハマス奇襲攻撃を予言したトランプ、評価が急上昇|石井陽子

ハマスによるイスラエル奇襲攻撃を巡って米共和党強硬派の間で大激論が交わされている。そんな中、あの男の発言に注目が集まっている――。


獄中からの叫び「なぜ世界は我々を無視するのか」|石井英俊

獄中からの叫び「なぜ世界は我々を無視するのか」|石井英俊

アメリカ・ニューヨークに本部を置く南モンゴル人権情報センターに送られた一通の手紙。ある刑務所に面会に訪れた「囚人」の家族と弁護士に手渡されたものだった。そこに綴られていた悲痛な叫びとは。


“1勝1敗”の衆参補選と宮城県議選で明らかになったこと|和田政宗

“1勝1敗”の衆参補選と宮城県議選で明らかになったこと|和田政宗

10月22日に投開票された衆参補選、宮城県議選は、自民党にとって厳しい戦いとなったが、何とか踏みとどまったとも言える結果となった――。なぜか。その理由と今後の展望を徹底解説!(サムネイルは首相官邸HPより)


イーロン・マスクが激奨する38歳の米大統領選候補者とは何者か|石井陽子

イーロン・マスクが激奨する38歳の米大統領選候補者とは何者か|石井陽子

米史上最年少の共和党大統領候補者にいま全米の注目が注がれている。ビべック・ラマスワミ氏、38歳。彼はなぜこれほどまでに米国民を惹きつけるのか。政治のアウトサイダーが米大統領に就任するという「トランプの再来」はなるか。


最新の投稿


【読書亡羊】原爆スパイの評伝を今読むべき3つの理由  アン・ハーゲドン『スリーパー・エージェント――潜伏工作員』(作品社)

【読書亡羊】原爆スパイの評伝を今読むべき3つの理由  アン・ハーゲドン『スリーパー・エージェント――潜伏工作員』(作品社)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


自衛隊員靖国参拝で防衛省内に共産党の内通者|松崎いたる

自衛隊員靖国参拝で防衛省内に共産党の内通者|松崎いたる

自衛隊員の靖国参拝の情報を赤旗と毎日新聞にリークした者を突き止めようとする防衛省と、防衛省内にいる内通者を守ろうとする共産党――事の本質は安全保障に直結する深刻な問題だった。


いきなり示された自民党改革案 このままでは承服できない!|和田政宗

いきなり示された自民党改革案 このままでは承服できない!|和田政宗

3月6日、党改革案がいきなり示された――。自民党はすでに国民の信頼を失っており、党運動方針案に示したように「解体的出直し」をしなければ生き残れない。


【今週のサンモニ】陰謀論にしても雑過ぎる佐高信|藤原かずえ

【今週のサンモニ】陰謀論にしても雑過ぎる佐高信|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。今週は久々の登場の佐高信氏が相変わらずだったようです。


山口敬之さんの連載『安倍暗殺の謎 第7回』を3月号に掲載しなかった理由を説明します|花田紀凱

山口敬之さんの連載『安倍暗殺の謎 第7回』を3月号に掲載しなかった理由を説明します|花田紀凱

「連絡がないままボツにした」「いくらでも直しますから、ボツはやめてくれ」……。『安倍暗殺の謎 第7回』を3月号に掲載しなかった件について、山口敬之さんは自らの番組その他であれこれ発言していますが、事実と異なる点が多々あるので、以下、経過を説明します。