この資料の右側の地図を見ればわかるように、2010年段階でメガソーラー事業が計画されていたのは夢洲であって、咲洲ではない。
2010年段階で大阪市長を務めていたのは平松邦夫氏だった。要するに平松市政の間は、「咲洲メガソーラー計画」はまったく存在していなかったのだ。
②極めて真っ当に準備が進められた「夢洲メガソーラー」
平松市政の下で2010年に始まった夢洲のメガソーラー事業は、公共事業の王道を行く極めて真っ当なものだった。そしてこれを詳細に見ていくと、「咲洲メガソーラー」のあらゆる意味での異常性がはっきりと浮き彫りになる。