【読書亡羊】皇室を巡る「公と私」の軋轢 江森敬治『秋篠宮』(小学館)

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その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする週末書評!


SNS天皇論 ポップカルチャー=スピリチュアリティと現代日本

「民意」という凶器

この『秋篠宮』は発売直後からアマゾンレビューが大荒れとなり、130を超えるレビューの8割以上が「★一つ」という最低評価になっている(執筆時点)。これは本そのものの評価を装ってはいるが、コメントを見ても分かるように大半が秋篠宮家に対する批判、長女の結婚騒動における秋篠宮家の対応への批判を示している。

確かに「将来の天皇の姉・義兄」となる人物の結婚だから、国民が気をもむのは無理もない。これは皇族方に対する「公」の面を重んじたからこその懸念だ。しかし、ここに国民からの「民意が支えているのだぞ」の面が顔を出すと、途端にその非難は凶暴なものとなる。「税金を払っているのは我々だぞ」と、およそ皇族方に向けるにふさわしくない言葉が、次から次へと飛び交うことになるのだ。

皇族方に相応の敬愛を抱いている筆者(梶原)からすると、いくら「皇室の将来を慮っているからこそ」だと前置きしているといえども、やはりこうした物言いには畏れ多さを感じざるを得ない。

しかもたちの悪いことに、「秋篠宮家問題」が「結婚問題」であり、つまるところ「お相手の家の借金問題」であるというゴシップ要素がこれに拍車をかける。「まるで一億総小姑だな」とかねて思っていたところ、東京大学資料編纂所所長の本郷恵子氏がまさにその言葉を使っていた(『天皇家と小室家』)。

以前、そうした「皇室の将来を憂う」という大義と、ゴシップ要素が合いまった視線にさらされていたのが皇太子妃殿下時代の雅子皇后妃殿下だった。当時は「廃太子を」「マイホーム天皇は要らない」「秋篠宮殿下、紀子妃殿下こそ理想の『天皇皇后両陛下』にふさわしい」とする論説まであった。愛子内親王に否定的な評価も少なくなかった。

しかし、だ。これが「天皇になる」ことの威力なのだろうか、元の東宮家に対する批判はすっかり鳴りを潜め、今度は「天皇家アゲ・愛子内親王アゲ」のオンパレードに変貌した。

詳しくは触れないが、この「上げ下げ」の摩擦が、ネット空間にかなり深刻な影響をもたらしていることは指摘しておきたい。分断をあえて煽っているかの書き込みも見られ、もはや「令和の南北朝」の様相である。

秋篠宮殿下の苦悩と葛藤

この江森氏の『秋篠宮』の帯には〈皇族である前に一人の人間である。〉とただ一言だけ書かれている。率直に言えばこの本は「人間・秋篠宮」に肉薄しているとはいいがたい。江森氏自身、妻が紀子妃殿下父・川嶋辰彦教授の助手だったことで、「純粋な取材者としての視点」を「通常の皇室記者」以上に欠いていることにも由来するのだろう。隔靴掻痒の感は否めない。

だが、それでも「一人の人間であることもご理解いただきたい」という秋篠宮殿下と、江森氏の共通意識は感じられる。次男坊として、将来天皇になられる長男をいわば支える立場だとわきまえてきた秋篠宮殿下。

兄に息子が生まれなかったことで「皇嗣殿下」となられ、将来の天皇となられる悠仁親王殿下を育てなければならない立場になった、その苦悩や葛藤の一端も見える。

「民意が支える皇室」であるがゆえの問題に悩む秋篠宮殿下の姿は、確かに「人間的」であらせられるのだ。

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