ワクチン開発競争、日本と米国の差
新薬開発費支援は大きな経済効果をもたらす。米国はワクチン開発のワープスピード計画で、およそ1兆円の支援をワクチン製薬メーカーに出したが、ファイザーとモデルナ両社の新型コロナウイルスワクチン売上高は、2026年までの合計で約11兆円となる予想となった。新たなオミクロン株にも両社の技術は迅速に対応できる。
もちろん、その効果は経済だけでなく、国際的な影響力も増大する。
9・11、炭疽菌テロを経験した米国は、未知の感染症から国民を守る新薬開発技術の維持を国家安全保障の重要な課題と位置付けた。そして、未知の疾病に対抗するワクチンや治療薬の開発支援組織「BARDA」(アメリカ生物医学先端研究開発局)を設立させた。
米バイオ企業のモデルナは、13年に国防総省傘下の「DARPA」(国防高等研究計画局)から約27億円、16年には前述の「BARDA」から約135億円の支援を受け、まだ芽の出なかったmRNAワクチンの技術・開発を続けていた。
この支援はファイザー、ジョンソン・エンド・ジョンソン、ノババックス、メルク等にも行われており、mRNAだけでなくウイルスベクター等の技術開発・治療薬開発も手厚い支援を受けている。米国関連の製薬会社が、新型コロナ感染症の蔓延から1年弱でワクチンの実用化にこぎつけた理由はここにある。
さらに、このワクチン開発には軍事ロボット開発やインターネットの源となるサイバーネットワークを作った「DARPA」が、新型コロナウイルス抗体を90日以内で見つけ出したことも知っておきたい。
米国が未知のウイルスとの闘いを「国家安全保障上の問題」と考えていたことが、この点でも明らかである。この米国の医療安全保障組織が、全世界に重要な医薬品を提供した。
トランプ前大統領は自動車大手のGM(ゼネラル・モーターズ)に対して、人工呼吸器の製造を命じた。また、バイデン大統領はジョンソン・エンド・ジョンソンの新型コロナウイルスのワクチンの増産のために、ライバル会社である米大手メルクに製造協力を命じた。
治療薬でも同様だ。米メルクが新型コロナ感染症に特化した経口薬、モルヌピラビルを開発。11月、同社公表データによると、この薬はオミクロン株に対しても入院や死亡を30%減少させる効果がある。
1950年の朝鮮戦争時にできた国防生産法により、大統領令で迅速に生産体制強化を行い、国民の命を救ったのだ。
治験寸前で日本政府は支援を打ち切った!
翻って、日本はどうだったか。
実は、国内でも東京大学がmRNAワクチンの研究開発を細々とはいえ行っていたのだ。2018年、そのmRNAワクチンが治験段階まできていた。だが、治験寸前で政府は支援を打ち切ったのだ。ファイザーやモデルナに先駆けて、日本がmRNAワクチン技術を手に入れるチャンスだったのに、残念である。
2021年4月5日の東京新聞に「当時、治験に進みたいと何度も訴えたが、予算を出してもらえなかった」と、東京大学医科学研究所・石井健教授の悲痛なコメントが掲載されている。研究開発費打ち切りで失った国益は計り知れない。
元自衛官で生物化学兵器テロの対処にかかわった医師は、次のように述べている。
「ある事象が起きたときの日本人の猛烈な頑張りは、世界一だと感じています。戦後の復興や3・11後の復興もそうでした。でも、なぜか喉元過ぎれば熱さを忘れてしまうのです。地下鉄サリン事件のときは、たまたま自衛隊医官が早期に『サリン』だと気がついて、被害を最小限に抑えることができました。
今回のコロナ禍では、たまたま海外のワクチンが短期間で開発されたので収まったのです。危機管理の世界では、『結果オーライ』は成功ではなくて大失敗とイコールです。そろそろ『備えあれば憂いなし』の国にしていかなければ、取り返しのつかないことになりそうな予感がしています。
現段階ではまだ、お金で解決できると思っていますが、残された時間は多くありません」