米カーター政権の時に大統領補佐官を務めたズビグニュー・ブレジンスキー氏が、今から25年前に書いた「巨大な将棋盤」(邦訳「世界はこう動く」日本経済新聞社)と題する書物がある。月刊文芸春秋5月号にフランスの人口学者エマニュエル・トッド氏がこの書を引用してウクライナ戦争の今日的意義を説いた。
特筆に値する第一は、中国がユーラシア大陸で世界的な覇権国家に成長し、米国に挑戦する力を持つに至るだろうと予想した点だ。第二は、英国の地政学者ハルフォード・マッキンダーのテーゼを引用して、ロシアがウクライナに侵攻し、目的を達成すればユーラシア大陸、ひいては世界の大国にのし上がるだろうと予想したことである。
中国の台頭と露ウクライナ侵攻を予見
中国とロシアは、かつてはロシア(ソ連)が兄、中国が弟の関係と見られていたが、中国の経済力増大に伴う軍事力の著しい増強から、兄弟の関係はいま完全に逆転している。ロシアは巨額の戦費の支出を強いられているうえに、西側民主主義国がほぼ足並みを揃えて実施している経済制裁措置の効果が出始め、プーチン政権に対する国内の不満が表面化するかどうか微妙な時期に差し掛かっているところだ。とにかく、ウクライナ侵攻の決断はロシアの戦術的勝利をもたらすとしても、戦略的には失敗だったとの点で西側の専門家の見方はほぼ一致していると言っていい。
ロシアが経済的に締め上げられた結果、国力全体にその影響は波及する。これまで輸出の稼ぎ頭だった石油、天然ガス、穀物などはどこに売るのだろうか。隣国中国にはエネルギーや穀物の大きな需要がある。中国経済とは相互依存関係に入っていかざるを得なくなる。兄弟関係はますます強化されていく。ブレジンスキー氏は当時から中国について、「大国としての歴史を持ち、自国こそ世界の中心だとの自負が強いため、……アジアの地政上の力関係に影響が出始めている」と観察していた。
日本に必要な世界史的視点
問題は日本だ。ブレジンスキー氏の言を再び借りるなら、「世界でトップクラスの経済力を持つ日本は、明らかに国際政治でも一級の力を行使できる潜在力を持っている。しかし、日本はこの潜在力を生かしておらず、地域の覇権を目指す考えを嫌い、米国の保護の下で動く方法を選んでいる」という。
日本は米国の要請のほか、ウクライナ戦争もあって俄(にわか)に防衛費を増やそうとしているが、自らがいかなる地位に置かれたうえでの防衛力強化であるか理解しているのだろうか。世界史的な局面に立っているとの視点が見えてこない。(2022.06.13国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)