感染患者の移送困難事案
新型コロナウイルス感染症患者で自宅療養中の方の容体が急変し、救急車を呼んだものの、受入先の医療機関が決まらず、患者が数時間も救急車内で待機したり、結局、受入先が見付からないまま自宅療養続行となって救急車が帰ってしまったりする様子を、何度か報道番組で目にしています。
これでは、心臓発作やクモ膜下出血などの急病、交通事故による負傷などの緊急時にも、救急搬送を受けられないのではないかという不安の声が拡がっています。「受入可能な医療機関を手配してから、救急車が出動したらいいのに」というご意見も伺い、多くの方が同じことを思っておられると思います。
もともと、『感染症法』に基づき、感染症患者の移送は「救急業務」ではなく、「保健所の業務」です。新型コロナウイルス感染症患者(疑似症患者も含む)の医療機関選定については、保健所が行うこととなっています。
救急隊は、保健所の指示に従って「移送に協力する場合もある」という立場です。保健所が対応できない場合には、保健所が提示した感染症患者の「受け入れ医療機関リスト」に基づいて、救急隊員が電話で受入の可否確認を行う場合もあります。
それでも、「救急車が到着して安心したのに、救急車が動かない」という事態に直面した患者ご本人やご家族の苦しみと絶望感は、言葉に尽くせないほどのものだと思います。
随分前のことになりますが、私も、家族が目の前で倒れて救急車を呼んだものの、夜間でもあり、受入先の医療機関が見付からなかったことがありました。
各医療機関に電話をかけて下さっている救急隊員の背中を見ながら、全く動き出さない救急車のなかで、苦しんでいる家族の手を握りながら震えていた時間の長さを思い出しています。
その数年後、私は総務大臣に就任し、総務省・消防庁で「救急搬送における医療機関選定時のタブレット端末等の活用」について取組を進めていました。
まだ私が在任中だった昨年8月1日の調査結果ですが、『救急救命体制の整備・充実に関する調査』と『メディカルコントロール体制等の実態に関する調査』では、「全国の726消防本部中、170消防本部が、タブレット端末等を導入している」と回答していました。
ようやく23.4%の導入率です。今後も、急病や事故など「通常の救急搬送」の円滑化については、このタブレット端末の導入割合をさらに増やしていくための取組が必要です。
「東京方式」は十分に機能していない
問題は、「新型コロナウイルス感染症患者の移送」の円滑化です。
先日、消防庁救急企画室に状況を問い合わせてみましたが、やはり、前記した通り、「コロナ陽性者の移送は、感染症法上、都道府県等の保健所の業務であるため、救急業務としてシステムは構築していない」という回答でした。
確かに法的には厚生労働省の所管ですから、厚生労働省で十分な体制整備をした上で、保健所が対応しきれない時に総務省・消防庁や都道府県消防本部(救急)に協力してもらう他ありません。
東京消防庁でも、基本的に『感染症法』の対象外であることから、救急車のタブレット端末は、新型コロナウイルス感染症には非対応です。救急現場で傷病者が「コロナ陽性患者」であることが確認された場合には、保健所に連絡し、対応を仰ぐということです。
保健所が電話に出ない、または対応困難である場合は、救急隊が医療機関選定を行う場合もありますが、タブレット端末を使用して「内科」を検索し、受入の「○」「×」にかかわらず、収容依頼を行っているそうです。
「コロナ疑い患者」だった場合には、タブレット端末を用いて「コロナ疑い救急医療機関一覧」から「○」の医療機関を検索することが可能です。検索後に「○」である新型コロナ疑い救急医療機関に連絡し、受入依頼を行うそうです。
5医療機関、または20分間選定して医療機関が決定しない場合は、新型コロナ疑い地域救急医療センターが必ず受け入れることになっているということでした。
しかし、この東京方式が十分に機能していないのではないかと思います。
私の地元である奈良県消防本部でも、救急車のタブレット端末は、新型コロナウイルス感染症には非対応です。救急現場で傷病者が「コロナ陽性患者」であることが確認された場合には、奈良県庁に設置している「入退院調整班(24時間対応)」に連絡し、搬送先医療機関の選定を依頼しています。
現状では、この「入退院調整班」が機能しているので、救急隊員が新型コロナウイルス感染症患者の搬送先を探し続けるということはないそうです。
新型コロナウイルス感染症患者に係る医療機関選定システムは、保健所が構築しています。また、厚生労働省のG‐MISは、全国の約38,000の医療機関から、病院の稼働状況、病床や医療スタッフの状況、受診者数、検査数、医療機器(人工呼吸器等)の確保状況などを一元的に把握・支援するシステムです。
厚生労働省のG‐MISをフル活用することによって、保健所の移送車と消防の救急車と医療機関の連携を円滑にするような改善方法が編み出せないものかと考えています。