朝日新聞社説が象徴する五輪反対思考の危うさ|小林信也

朝日新聞社説が象徴する五輪反対思考の危うさ|小林信也

組織委が懸命に準備を重ねる安全対策に目を向けず、不安を盾に中止を叫ぶ全体論こそ危険ではないだろうか。詳しい情報も得ず、精査もせず、不安や怒りから反対を叫ぶ世論こそ、そしてそんな世論を煽る意図的なメディアこそ危うい。この矛先が東京五輪でなく、軍拡や戦争容認であったらと思うと背筋が凍りつく。


私自身は、東京五輪招致に一貫して反対を唱えていた数少ないスポーツライターだ。IOCの腐敗、肥大化したオリンピックの迷走、本来理想とする「平和の祭典」からの逸脱は、2013年時点でも明らかだった。東日本大震災からの復興が十分に進んでいるとは思えず、テロの懸念も高まっていた。不祥事が多発するスポーツ体質の根本的な改善も、スポーツライターから見れば急務だった。

ところが世間は、そうした本質的懸念やテロの危険も顧みず、お祭り騒ぎを歓迎した。70パーセント以上の東京都民が招致に賛成したからこそ、2020東京五輪招致は実現したのだ。それを支持したのが、朝日新聞をはじめとするメディアだった。五輪開催による活況、多大な経済効果を様々な課題や懸念より優先し、「オールジャパンで」東京五輪開催を選択し、推進したのだ。なのに、いまさらIOCの体質や五輪批判を中止すべき理由に挙げる社説氏の厚顔ぶりに恐れ入る。  

現状のオリンピックに反対し、改革が急務と叫ぶ立場だった私は昨春、開催が一年延期になったあと、「東京五輪は延期でなく中止すべきではないか」と、早々に提言を発した。周囲から様々な感想や直言を受けた。  

そのなかで私の心を動かしたのは、長く取材を続ける水球男子日本代表監督の言葉だった。日本の水球は長く低迷を続けていたが、リオ五輪で32年ぶりの出場を果たした。独自の戦術を開発し強化を進め、国際大会で準優勝や4位という実績を上げて臨む今大会は、旋風を巻き起こす可能性を秘めている。お互い気心が知れているから、彼は軽口を叩く調子で言った。 「今日も小林さんがテレビで、『オリンピックなんてやめろ』と言っていましたが、勘弁してくださいよ。私たちは、オリンピックのために水球をやっているわけじゃありません。中止になっても水球はやめませんけど。東京オリンピックで成果を出そうと、去年は1年の大半を海外で過ごし、チームで目標に向かって進んできたのです。オリンピックがなくなるのは残念ですよ」  

私も軽口で返し、電話を切った。だが次第に、自分はこの姿勢でいいのだろうか? という自問自答が湧きあがった。「オリンピックのために水球をやっているわけじゃありません」という彼の言葉が頭のなかで何度も響いた。そこにスポーツ人のスポーツに対する愛と誇り、同時に、オリンピックの舞台がなければ広く注目してもらえないマイナーと呼ばれる競技の意地と哀しみを感じた。

劇的な変革

その日から私は真剣に、「感情的に中止を叫ぶ前に、中止すべきか開催すべきか、できるだけ取材を重ねて、まずは正しい現状や情報を把握しよう。そのうえで、広く議論を呼びかけたい」と考え始めた。  

そうは言っても、私は社説氏のように朝日新聞の名刺を持って政府や都や組織委のドアを直接ノックできる立場にはない。伝手を頼り、誠意を尽くして取材を進めた。できるだけ組織委員会の中枢に近い人から実情を聞きたいと願った。幸運にも、徐々に核心に近い話を聞けるようになった。  

すると、外野席から野次を飛ばす感覚では知りえなかった現場のせめぎ合い、東京五輪の実施準備に携わる当事者たちの熱気や挑戦を感じ、軽々に中止を叫ぶのは「もったいない」、偉大なる創造や変革に水を差す、あまりに無責任でKY(空気が読めない)な振る舞いだと感じるようになった。  

何より私が動かされたのは、組織委員会の当事者たちが日々、IOCの不遜と理不尽に苦しめられている現実だった。取材を通して、いくつもの事実が浮かび上がった。組織委員会が昨夏、延期に伴う簡素化の一環として「開会式の時間短縮」を申し入れた時、「NBC(米放送大手)との契約があるからと、IOCバッハ会長に即、断られた」と森喜朗会長(当時)が記者たちに語った。  

ところがその後、IOCは「4時間から2時間」の短縮に応じた。また、オリンピックファミリーと呼ばれるIOC関係者たちが五輪期間中、夫婦で高い部屋に泊まり、専用車が提供される貴族的待遇は従来から問題視されていたが、改善されなかった。これが今回、ホテルのグレードを下げる、専用車は用意しない、配偶者やパートナーの同伴は認めないなど、組織委員会の提案をIOCは受け入れた。当たり前といえばそのとおりだが、永年変更できなかった悪習を突き崩したのだ。  

一般には組織委とIOCは同類で、いわば共犯関係にあると理解されている。ところが、コロナ禍でも何とか安全を確保し実施しようと模索する組織委の前に、IOCとの契約や制約の壁が立ちはだかる。平時なら従う以外に方法がない。しかし、従来と同じでは安全を確保できない。  

IOCの既得権を突き崩す懸命の努力を東京2020組織委員会が重ねている状況を知って、私はその挑戦と努力を応援したい気持ちに衝き動かされた。そうは言っても、組織委はIOCと協調して準備を進める団体だから、大っぴらに「IOCと対峙している」などとは言えない。だが、実態はそれに近いバトルが展開されているのだと理解した。  

奇しくもコロナ禍によって、IOCとオリンピックの劇的な変革が進んでいる。東京2020が大きなきっかけとなっている。この追い風を止めるのは暴挙だ、それはIOCの延命措置、もしくは助太刀になる、とスポーツの未来を展望する立場で感じた。最終的に安全が確認できなければ、中止の判断が下されるのもやむをえない。しかし、端から開催を中止し何も変わらないより、実施に向かって最善を尽くすことで大きな岩が崩れる可能性があるとわかって、私の気持ちは沸き立った。

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