しかし、まったく懸念がないわけではない。すなわち、ワクチンの効果がどの程度続くのか、中長期的な健康問題(有害事象)がどの程度の確率で起こるかははっきりしていない。 また、今回のワクチンはIgGという免疫グロブリンに対する抗体ができることにより効果を示すが、新型コロナウイルスは、IgGのほかIgAという免疫グロブリンが関与することがわかっており、これに対する抗体産生は、いままで開発されているワクチンによる免疫反応が起こらないことから、ワクチンを打って自分が新型コロナウイルスの感染は免れるにしても、他者にうつす可能性は残されている。
加えて、いわゆる変異種に対してもどの程度効果があるのかはよくわかっていない。
これらの疑問に関しては、日本人のデータが決定的に不足している。 特に、実際に国内でワクチン接種を行った場合の効果や安全性に関しては、相当数のデータを追跡していくことが必須であるが、日本ではそのようなデータが不足している。
日の丸ワクチンの開発はできても海外で売れない
大規模なワクチンの効果判定(フェーズ3)が日本で行われたことがないことは前述したとおりであるが、実際にワクチンを接種した際の効果や安全性に関しても、フェーズ3と同様にヒトを対象とした大規模な調査が必要となる。日本ではそうした経験もないことから、今後こうした調査もできない可能性が高い。
これらの大規模なヒトを対象とした調査研究が行われない限り、有効なワクチンを日本発で作ること自体が難しくなる。有効なワクチンは、当該疾患を根絶したり、重症化を防ぐことが可能であるが、効果が曖昧なワクチンを導入しても、意味がないどころか、かえって労力がかかって国を疲弊させてしまう。
また、ワクチン開発は海外市場も視野にいれることから、国際スタンダードでのワクチンの効果判定ができない限り、たとえワクチンの開発はできても海外で売れないということになってしまう。
喉から手が出るほど欲しい接種した人のデータ
ファイザーとアストロゼネカの新型コロナウイルスワクチンの供給が十分に行われないとして法的措置をとるとしたイタリアに反して、イスラエルでは世界最速で新型コロナウイルスワクチンの接種が行われている。イスラエルはワクチン供給側に2倍のお金を払ってワクチン供給を確実なものとしているとの報道があるが、もっとも重要な点は、データをワクチン供給側に提供していることにある。 ワクチンを接種した人のデータは、ワクチン供給者側にとって喉から手が出るほど欲しいものだ。どのようにワクチン接種が行われたか、ワクチン接種がスムーズに行われたか、行われなかったとしたらどんな問題があったのか。
また、軽微な副反応や接種を注視しなければならない有害事象の頻度はどの程度なのか、どういう人たちにそれらの事象は起こりやすいのか、接種してどの程度の期間で起こりやすいのか、などなどは、今回のワクチンを世界展開するうえでも、新しいワクチンを開発するうえでも極めて貴重なデータである。イスラエルはこれらの詳細なデータ提供を担保に、ワクチン供給を安定化させたのではないか。
前述した数万人規模の臨床試験ができないということは、イスラエルが行っているようなデータをとれないということと同義である。言い換えれば、日本はこれらのデータ取得に関しても極めて脆弱な状況にある。
今回、ワクチンの日本人での実際の効果や副反応に関するランダム化比較試験は、国産の危機管理ワクチンを実用化するための、最後の機会と言える。