新型コロナウイルスの流行が落ち着いたとしても、今後新しい感染症は必ずやってくる。この時に、自国での効果的なワクチン開発ができないということは、日本を守れないということになりかねない。
自国でのワクチン開発力は必須である。しかし開発力だけでなく、日本において国産ワクチンのネックになっているのは、数万人単位の治験(臨床試験)を行える能力の欠如である。この能力に関して、日本は他の先進国と比較しても、また途上国と比較しても劣っている。
それはパブリックヘルスの概念が欠如していることと無関係ではないだろう。パブリックヘルスとは、医療だけでなく免疫学、獣医学などの基礎医学や、社会経済的分野を含めて医療保健を扱う概念である。
今回の新型コロナウイルスでいえば、どんな人が重症化しやすいかを見つけて、危険な集団に予防や治療などを重点的に行うことが、パブリックヘルスの担うところとなる。その結果、医療だけでなく、社会的・経済的なダメージを最小限に抑えることが可能となる。
このパブリックヘルスの立場から考えると、若い世代のなかでも稀に重症化する人がいても、それが確率として低ければ、さほど重要視はしない。一方、臨床医学では、若い人も重症化すれば一人の患者なので、その治療に専念するという違いがある。対象を個人に重きを置くか、集団すなわちマスに重きを置くかで、対応は違ってくる。
個人ではなく、マスとして考える必要があるという基本的な考え方に立つと、ワクチンはパブリックヘルスの最も代表的なツールであると言える。なぜなら、副反応という有害事象は一定程度あったとしても、予防効果がそれを上回る場合に、集団に導入するものだからである。ヘンダーソン博士の前述の言葉を思い出していただきたい。
では、その効果はどこから得るのかといえば、適切に収集し解析した大規模データからしか得られない。
パブリックヘルスの考え方が日本はあまりにも希薄であるため、ワクチン政策でも立ち遅れている面があるのだ。
危機管理ワクチンとは何か
私たちが生まれた時から接種するワクチンは多い。麻疹や風疹、ポリオ、B型肝炎などなじみがある読者も多いのではないか。これらのワクチンは、当該感染症にかからないようにするためのもので、ワクチンスケジュールに則って行われる。
たとえば、B型肝炎は生後すぐなど、年齢によって打つ時期が決まっている。これらの定期接種と今回の新型コロナウイルスワクチンの違いは、新しい感染症に対して早急に開発し、効果と安全性を見極め、短い期間に多くの国民に打たなければならないということだ。すなわち、危機管理ワクチンである。
新型コロナウイルス感染症が流行し始めたころ、多くの人は有効なワクチンが短期間に開発され実用化されることは難しいと考えていた。ところが、その予想に反して、短期間で効果があるワクチンができ、世界各国で接種が進んでいる。