私がこの中国の大学との交流や共同研究についての件を知ったのは、古い支援者のAさんから聞いた1年ほど前のことです。この方は国内外でM&Aなどの仕事をやっている方で、ある調べものをしていて、このことに気づいたようです。
2018年8月にアメリカで成立した国防権限法は、中国に情報、技術が流出するのを防ぐため、輸出規制を強化したり、対米投資の審査を厳しくする対中強硬策を盛り込んだ法案です。中国も国防権限法へのカウンターとして、安全保障にかかわる製品などの輸出規制を強化する輸出管理法が2020年12月に施行されました。
一般的にはどちらも米中貿易戦争にかかわるものであって、日本は影響がないと思われそうですが、中国に進出している企業にとっては、以前からある国防動員法やサイバーセキュリティ法に続き、大きなリスクになります。
たとえば中国に工場を持っていたとして、国防動員法が発令されたら全て中国に強制接収されてしまう。そのリスクを企業は有価証券報告書に書かなければならない。上場企業はこのリスクをきちんと理解しているのか、報告書に記載しているのか──Aさんはその点を調べていたのですが、その流れで日本の大学と中国の大学、「国防七子」との交流協定に気づいたそうです。
事態はさらに複雑化しています。たとえば日中が共同研究して開発した技術を日本の製品に使った場合、それは輸出管理法の対象となります。その企業がすでに米国企業と取引があり、この中国との取引を継続した場合、米国企業との取引を打ち切られるリスクもあるのです。
大量破壊兵器やミサイルなどの不拡散を防止するために企業の輸出管理の支援を行っている一般財団法人・安全保障貿易情報センター(CISTEC)には、アメリカと中国、それぞれのリスクの板挟みになっているという相談がかなり多いそうです。つまり企業側もリスクは理解しているが、中国離れをするという行動に踏み切れていないというのが現状。しかし現実には、米中両国企業と取引する際、全てにおいてそれはできない。新たなリスク管理の構築を突き付けられているのです。
政府に勇気と目利きがない
もう一つ問題があります。先に示した中国の大学に対する文科省や経産省の対応は甘いものに見えるかもしれませんし、大学をけしからんと思う方はいるかもしれません。しかし、文科省や経産省は形式的にせよやるべきことはやっている。また、大学は少子化社会のなかで何とかやっていくために留学生は大事な存在でしょう。企業も自社の利益のためにいろいろと判断をしている。
そうなると大事なのは、政治が法律や枠組みを作り、どうすべきかの方向をきちんと見つけて提示することなのです。
学術会議任命拒否から話題になった「千人計画」でもそうです。『週刊新潮』の4週連続の特集記事には「千人計画」で招聘された学者たちの話が掲載されていましたが、たとえば北京航空航天大学で教授をしている東京大学名誉教授の土井正男氏はこう言っています。
「東大は辞めても名誉教授という肩書しかくれませんでしたが、北京の大学は東大時代と同じポストで、待遇も少し多いくらい用意してくれました。普段は学生相手に講義をしなくてもよいし、日本の公的な科学研究費(科研費)にあたる『競争的資金』にもあたりました。私は中国語を書くことができないので、申請書類は准教授が代わりに出してくれました。日本では科研費をどうやって取るのかで皆が汲々としている。そういう意味ではまるで楽園ですね。面倒なことをやらずに学問に没頭できて本当に幸せです」
つまり、多くの学者にとって日本で定年を迎えて研究する場を失ったところに中国から研究する場と費用を出すと誘われた、だから行った──というのが実態なのです。
学者にとっては、国益よりも自らの研究のほうが大事。いい悪いではなく、学者とはそういうものでしょう。だからこそ、様々な画期的なものが生まれていくわけですから。
また、大学院に進む日本の大学生が減少している状況も、欧米や中国の大学では理系大学院生なら政府から生活給与を受けている人がほとんどであるのに対して、日本では大学が特別なプロジェクトを一時的に組んでいる場合に短期間の生活給与が期待できる場合もありますが、ごくひと握りですから当然と言えます。奨学金制度も生活費には足りず、授業料で消えてしまう。
さらに、かつては国公立の大学教員は公務員でしたから、一度職を持てば定年まで身分保障がありましたが、04年に国立大学が法人化されて以降、短期的に成果の上がる研究を繰り返すことを余儀なくされ、身分は不安定で、時間のかかる深い研究ができなくなってしまいました。
問題は、日本が研究者にとって魅力的な研究環境を提供できていないことにある。日本政府がもっと研究という分野にお金を出さなければいけない、ということです。将来的に役に立つかどうか、海のものとも山のものともつかない研究にも資金を出す。研究開発費にバーンと投じる勇気と目利きが、いまの日本政府にはない。
留学生の件と同じように、政治がきちんと仕組みを作らなければいけません。ようやくいま、総合科学技術・イノベーション会議でそういった議論がされています。遅きに失していますが、何とか挽回していきたいと思います。
いずれにしろ、日本の大学と「中国国防七子」との交流、共同研究が明るみに出たことは、親中派、あるいはその背後にあるかもしれない中国共産党にとって好ましくない事態でしょう。ですから、必ず抜け道を探るか、報復するかしてきます。それに対する日本の覚悟がいま、求められているのです。私は徹底的に戦います。(初出:月刊『Hanada』2021年2月号)
衆議院議員・自民党副幹事長。1962年、東京都生まれ。立命館大学経営学部卒業。2009年、衆院選に民主党から出馬し初当選。超党派の「日本の領土を守るために行動する議員連盟」事務局長などを務める。12年、民主党を離党。14年、衆院選に自民党から出馬し当選。内閣府大臣政務官、外務委員会理事等を歴任。チベット・ウイグル両議連事務局長。日華懇談会事務局長。日本の尊厳と国益を護る会副代表。尖閣諸島で5回の漁業活動を実施するなど、一貫して対中問題に取り組む。